てまりの思い出

ソウルの大学路で伝統工芸工房・ダムル工房を経営し、韓国宮中飲食研究院の郷土料理講師でもある李賢淑先生が毎日の生活のなかで感じた徒然雑記を日本語で紹介します。(たまに…、いや最近は結構な頻度でゴーストライターのダムル工房日記になることも…苦笑)

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てまりの思い出

金賞受賞作品『傾慕』
↑ 1990年日本手工芸指導者協会にて金賞受賞作品『傾慕』

先日、机を整理していたら、昔の写真などが出てきました。1990年に日本手工芸指導者協会で金賞を頂いた時のことです。私がてまりを最初に始めたのは1986年ごろのことでした。当時住んでいたマンションに、日本でてまりを学んだという韓国人の方がいたのですが、いくらも教わらないうちに外国へ移住してしまい、そのままになってしまいました。

展示会場にて02
↑ 展示会場の李先生~。わ、若いぃぃぃ~!!!42歳くらいらしいけど??

そんな中、フランス旅行中、ドゴール空港で韓国のポジャギと一緒に置かれていた、小さくて美しい手まりを見たのです。それを見て、もう一度手まりをきちんと教えてもらいたいと考えるようになりました。

展示会場にて
↑ 受賞作品の前で…。隣に写っているのは、同じく金賞受賞の日本人の方だとか…。

そして韓国へ帰国し、色々情報を集めているうちに、明洞のロッテ百貨店に通じる地下商店街で、てまりを販売している店があることを知りました。早速その店へ行き、主人に手まりを教えてくれと頼み込み、ようやく本格的に習い始めることができました。私のてまりの師となる朴先生は、日本人の駐在員夫人からてまりを学んだそうです。

展示会場の前で
↑ 展示会場の前にて…

朴先生が日本手工芸指導協会に所属していたことから、私もそのまま協会員になり、1990年に資格証取得のため作品展に出品しました。すると協会から金賞受賞の連絡が来たのです。そして授賞式に出席するため日本を訪問することになりました。授賞式では当時、私も色々影響を受けた故尾崎千代子先生(注1)がいらして、一緒に写真を撮ってもらえたことも、とても光栄な体験でした。

尾崎千代子先生と
↑ 尊敬する尾崎千代子先生と…

この日本訪問では、もうひとつ忘れられない思い出があります。かなり年輩の女性が私の黄色いチマチョゴリを見て、触っていいかしら…とおっしゃりながら、昔韓半島に住んでいたことを話してくださったのです。大切そうに私の韓服を何度も何度も撫でながら、もう見ることもないだろうと思っていたチマチョゴリに、ここで思いがけず出会えて本当に嬉しい…と懐かしそうに話す姿を今でも忘れられません。

授賞式会場にて
↑ 授賞式の様子デス…

韓国へ帰国後は、さまざまな伝手を使って韓国で何故手まりが失われてしまったのか、韓国にもてまりのようなものがあったという話をたよりに、韓国てまりのルーツを探すため色々な文献にあたりました。するとある研究者の方からお守りの本に手まりの原型があるという話を聞き、韓国のお守りの勉強なども始めるようになりました。

韓国のお守り
↑ 韓国てまりの原型と言われる「お守り」

そんなことをしている間に、韓国内にほとんどいないてまりの専門家(?)などと、私を呼ぶ人も出てきて、雑誌やメディアにたまに取り上げられるようになりました。しかし、それに恥じないようにと、色々学べば学ぶほど、関心分野が広がってきてしまい、韓服作りやチョガッポ、宮中料理など随分忙しくなってしまいました。

李先生の写真01
↑ 宮中料理研究院の展示会にて、マスコミ取材を受ける李先生~

けれども、てまりを作る時、針の行く先が全て決まっているように、その時その時やらなければならないことを迷ってしまうと、結局作品が台無しになってしまいます。迷いや雑念、心配があれば、作品を完成させることもできないでしょう。私たち手工芸家は、行かなければいけない道を黙々と進んで行きさえすれば、いつかは美しい作品が仕上がることを知っています。だからこそ自分の人生もこうありたいと、いつも心かけています。

(幽の補足説明)
注1) 尾崎千代子先生とは、現在の日本てまり界の基礎を作ったと言われるほどの重要な先生です。現日本てまり協会の会長でいらっしゃる尾崎敬子先生のお母様にあたる方です。それまでも日本全国に手まりはあったのですが、それは母から娘へ、あるいは姑から嫁へと、内々に伝えられるだけのものでした。

そんなてまりも急激な生活環境の変化のため、慣習自体が風化していきました。そのようななかで、消えゆく運命にあった日本全国の手まりを収集し、それぞれの作り方を体系的に記録し、出版しはじめたのが尾崎千代子先生だったのです。もし千代子先生の努力がなければ、多くの手まりがその存在を知られることなく、韓国のように消えていったのでしょうね…。

尾崎敬子先生と
↑ 現在の日本てまり協会会長でいらっしゃる尾崎敬子先生(着物の方です)。確か2008年に韓国人のお弟子さんたちと訪問し、世田谷区にある「てまり文庫」を訪問した時の写真です。このてまり文庫も本当に素敵な空間です。もしこちら方面へ行かれる機会がありましたら、是非とも訪問してみてください~。


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[ 2012/04/14 10:15 ] 手まり | TB(1) | CM(0)
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まとめteみた.【てまりの思い出】
↑1990年日本手工芸指導者協会にて金賞受賞作品『傾慕』先日、机を整理していたら、昔の写真などが出てきは1986年ごろのことでした。当時住んでいたマンションに、日本でてまりを学ん
[2012/04/14 00:40] まとめwoネタ速suru
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