韓国の昔の巾着(再録)

ソウルの大学路で伝統工芸工房・ダムル工房を経営し、韓国宮中飲食研究院の郷土料理講師でもある李賢淑先生が毎日の生活のなかで感じた徒然雑記を日本語で紹介します。(たまに…、いや最近は結構な頻度でゴーストライターのダムル工房日記になることも…苦笑)

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韓国の昔の巾着(再録)

李先生からの要請で以前一度載せた記事を再録させて頂きます。

この回顧シリーズに際して、同じ記事の再録なんて読者さまに受け入れてもらえるだろうか??と、少々心配もしておりましたが、新規生徒さん方には概ね好評のようでホッとひと安心しております。

常連の生徒さんからもご理解頂いているようで本当に有難うございます。m(_ _)m

以下、以前書いたものと同じ内容になります。

↓   ↓   ↓

巾着色々01
↑ 色々なチュモニ

チュモニ(주머니;巾着)の歴史は『三国遺史(삼국유사)』景徳王條(경덕왕조)の記録が最初だとされています。

そこに王が1歳の誕生日から王位に即位する時まで女性のような振る舞いをする時があり、絹織物の巾着を持ち歩くのが好きだったと記されているのです。

この記述から推察すれば、既に三国時代から巾着があったことが分かります。

印鑑入れチュモニ
↑ 印鑑入れのチュモニ

また『高麗図経(고려도경)』[注1]には、腰紐として、銀糸をよりあわせた紐を作り、鈴をつけたヒャンナン(香囊;향낭)[香り袋]をぶらさげている絵を見ることもできます。

このヒャンナンが沢山付けられていることを良いことだと感じていたことを考えると、人々がヒャンナン用の巾着をせっせと作っていたことが推測できます。

メミチュモニ
↑ メミチュモニ(蝉型のチュモニ)

朝鮮王朝時代にも巾着の佩用(持ち歩き)はそのまま続けられました。

何故なら韓国の衣服にはポケットが作られなかったため、巾着は実用的な用途からも必需品と言えたのです。

スルチュモニ
↑ スルチュモニ(酒のボトル入れ)

『宮中発記(궁중발기)』[注2]という史書によれば、新年を迎えた最初の上亥日に重臣たちに巾着を下賜したという記録も残されています。

この巾着には、災厄を免れ1年を無事に過ごせるようにという願いを込めて、赤い紙に炒った豆を1粒入れて与えたと言われています。

スジョチプ
↑ スジョチプ(スプーン&箸入れ)

<チュモニ(巾着;주머니)の種類>

ヒャンナン(香囊;향낭)は、華やかに美しく作り、上流層の装身具として愛用されました。

カウィチプ
↑ カウィチプ(ハサミ入れ)

スヒャンナン(繍香囊;수향낭)は見せるために作られた巾着で、美しい刺繍を施しました。

それに対して、見えない下着に付けたものはサヒャンナン(紗香囊;사향낭)と呼ばれ、甲紗(갑사)で作ったものをこのように呼びました。

カンルンチュモニ02
↑ 刺繍入りのカンルンチュモニ(海辺の江陵で作られた巾着)

他にも宮中には芳香剤として使用された大きな香囊が室内に飾られていたといいます。

その大きな巾着の中には韓紙で包んだ紗香(사향)や木香(목향)[香木の一種]を粉にしたものが入れられていたそうです。

男性色キィチュモニ
↑ 男性用のキィチュモニ

男性用の巾着;玉色(옥색[青緑色])、灰色(회색)、米色(미색[黄白色])、紫色(보라색)などを使用しました。

巾着の耳部分(尖っている部分)、へそ部分(真ん中の部分)を違う色で作ることも多いです。

色を変えて作る場合はそれぞれをつなげる時、サムチムという技法でつなげます (縫い方の技法については、いずれ解説したいと思います)。

他にも国喪の時は白い木綿の巾着などを使用しました。

カンルンチュモニ
↑ カンルンチュモニ

女性用の巾着;タホン色(다홍;茶紅[チェリーピンク])、プンホン色(분홍;粉紅[ピンク])、ヨンドゥ色(연두;軟豆[黄緑])、ボラ色(보라;紫色)などを使用しました。

見せるように使う時は耳部分や、へそ部分、さらにチュモニの内側もコッチャジュ色(꽃자주색;花紫朱色[明るい紫])などを使い、華やかな色彩で作られました。

見えない下着に付ける時は白い木綿生地です。

他にも結婚する時は、新婦が紫朱色の紐で締めた黄色い巾着を作りました。

そして中に小豆9粒と種付きの木綿の綿1房とを入れて、息子9人と娘1人を授かりますように…と願いを書いた徳談とともに、新郎に贈りました。

五方色チュモニ
↑ 五方色のチュモニ

五方囊子(오방낭자); 五方色で作られた巾着です。宮中や班家(両班)では、辟邪(벽사;邪鬼を退けること)のために持ち歩いていたと言われています。

正月になると王妃が五方囊子を作り、宰相(王に仕える2品以上の官吏)の子息に贈ったと言われています。

ポソン型紙チュモニ
↑ ポソンの型紙を入れるチュモニ

(幽の補足説明)
注1;『高麗図経(고려도경)』とは1123年、宗の徽宗という人物が高麗に国信使を送った時に随行した徐兢という人物によって書かれた記録書です。

彼が高麗で見聞きしたことを綴った史料ですが、随所に挿絵があるところから当時の風俗を知る重要な一次史料になっています。

注2;『宮中発記(궁중발기)』とは朝鮮王朝時代の宮中で使用されていた物品目録のことです。

その内訳は服飾、装飾類、食事、貿易品、巫俗などについて物品名や数量が詳細に記録されています。

特徴として高宗と純宗(←日本統治時代の王)の記録が多い傾向にありますが、それでも朝鮮王朝時代の宮中生活や、宮中の服飾、宮中の飲食などを研究する者にとっては必携の史料と言えます。


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[ 2014/01/06 10:31 ] ポジャギ 閨房工芸豆知識 | TB(-) | CM(0)
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