ヌビ(누비)について

ソウルの大学路で伝統工芸工房・ダムル工房を経営し、韓国宮中飲食研究院の郷土料理講師でもある李賢淑先生が毎日の生活のなかで感じた徒然雑記を日本語で紹介します。(たまに…、いや最近は結構な頻度でゴーストライターのダムル工房日記になることも…苦笑)

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ヌビ(누비)について

ヌビのチョガッポ
↑ ヌビを施したチョガッポ作品

ヌビ(누비;刺し子)はとても時間がかかる作業です。現代は簡単で速いことが良いという価値観が横行しているなかで、愚直なまでに時間がかかるヌビ作業は、人生の余裕について改めて考えさせてくれる作業だと思います。

ヌビの眼鏡入れ
↑ ヌビの眼鏡入れ

ヌビとは布の表と裏の間に、綿や中布をいれ、糸でひと針ひと針を模様のように縫っていく技法です。とても根気がいる作業になり、作品が大きくなると気の遠くなるような時間がかかります。

ヌビのスジョチプ
↑ ヌビの箸スプーン入れ

韓国で防寒の必要性から、布の間に綿を入れるようになったのは高麗時代末期からといいます。遺物として残されている甲冑に、布を何枚も重ね合わせてヌビをしたものがあります。また文献によると中綿として入れるものには、ガチョウの羽根や真綿などがありましたが、それだけでなく、紙を入れていたという記録も残されているとのこと。

タレポソン
↑ タレポソン(ヌビを施した靴下)

朝鮮王朝後期の実学者である李瀷(이익)という人物が書き残した『星湖僿説;성호사설』という著書には、紙で甲冑を作ったという記述が残されています。紙で甲冑などとは驚かれるかもしれませんが、とても丈夫で放たれた矢が貫通できなかったといわれるほどです。

ヌビのコースター
↑ ヌビのコースター

他にも朝鮮王朝第9代の王であった成宗の息子に燕山君という息子がいたのですが、この人にもヌビにまつわる逸話が残されています。彼の母親は廃妃尹氏と呼ばれていますが、彼女は王宮の針線尚宮(침선상궁)という王の衣服を担当する役職にあり、特にヌビが上手いという評判の女性でした。

ヌビのテーブルクロス
↑ ヌビのテーブルクロス

その後、燕山君が10代目の王になった時、母である彼女に尚宮時代、何が一番苦しかったのかを聞くと、彼女はヌビの仕事が一番つらかったと答えたそうです。その話を聞いた燕山君は死ぬまでヌビを使った衣服を着ることはなかったという話です。

ヌビの鏡入れ
↑ ヌビの鏡入れ

ヌビには色々な種類があります。ポルロクヌビ(볼록누비)と呼ばれるふっくらと仕上げるヌビは、中に綿を置いてぐし縫いをして作ります。オモクヌビ(오목누비)というへこませるように作る技法は、深く広く糸を縫いこむことでその凹みを出します。ナプチャクヌビ(납작누비)という技法は布と布をピッタリと合わせて、くまなく刺し子を施す技法です。

麻の葉模様の作品
↑ 麻の葉模様の作品

目の細かさによっても細かいヌビになると幅が0.5cm 以内で作られ、その精巧な針仕事は縫い目を数え切れないほど、気の遠くなるような作業を繰り返します。中くらいのものでも幅3cm程度、ヌビが少ないものでも幅3cmを若干超える程度なので、僧侶の衲衣(僧侶が着る灰色の服:납의)や寝具類など、大きな作品を作るときは本当に大変だったと思います。他にもヌビの話は色々あり、技法も沢山あります。またいつか機会があったら話したいと思います。

オモクヌビの技法作品
↑ オモクヌビの技法作品

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