ポジャギと伝統料理の文化散策

ソウルの大学路で伝統工芸工房・ダムル工房を経営し、韓国宮中飲食研究院の郷土料理講師でもある李賢淑先生が毎日の生活のなかで感じた徒然雑記を日本語で紹介します。(たまに…、いや最近は結構な頻度でゴーストライターのダムル工房日記になることも…苦笑)

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お知らせ

突然ですが、お知らせです!!李先生は記事をしっかり準備しているのですが(えぇ~、それはもう…ヴッ…とタメイキがでるほど…苦笑)、幽の方に急な翻訳の仕事が入って来てしまいました(爆)!!!!

そのため2日ほど記事のアップができないと思われます…。

李先生の記事を楽しみにしていられる方々、本当に申し訳ありません~(泣)!!!できるだけ早く仕事を片付けて戻ってまいります…。どうもすみません~m(_ _)m
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[ 2012/04/27 14:00 ] 告知関係 | TB(0) | CM(4)

ユンノリ(윷놀이)のチョガッポ作品

ユンノリのマルパンとマル
↑ 貢緞(공단:模様のないヤンダンのこと)で、マルパンとマルを作って見ました。

ユンノリとは韓国の民俗遊戯の中で最も大衆的であり、広く普及されている遊びです。主にソルナル(설날:旧正月)やテボルム(대보름:旧暦1月15日)にかけて遊ぶことが多いものです。

↓ ↓ ↓ (ここをクリック!!!)
ユンノリの遊び方(日本語)サイト

ユンノリは遊びの次元を超えて、協力する心を育てたり、ストレスを解消してくれる効果もあると言われています。またファンヘド(황해도:黄海道)のチャンヨン(장연:長淵)地方では田作りや畑仕事の豊作・凶作を占う時節ユンノリ(시절윷놀이)と呼ばれる行事を今でもやっているそうです。

ユッとマルを入れる巾着も…
↑ ユンノリに使うユッ(윷:4本の棒からなるサイコロみたいな役割をするもの)を入れる巾着と、マル(말:駒)を入れる巾着も作ってみました。マルを作るのに結構骨が折れました…。

また最近、ダムル工房では韓国伝統模様30種のデザインを皆で協力して作り、そのデザインでチョガッポの壁掛けなどを作っています。その中にはユンノリだけでなく、伝統遊戯のゲーム板を参考にチョガッポのデザインを起こしたものも入っています。

コンノリ板01
↑ コヌノリ板(고누놀이판)をもとにチョガッポ作品にしてみました。

そのひとつがコヌノリ(고누놀이)です。この遊びは日本の十六武蔵というゲームとよく似ているとのことですが、地面に幾つかの図を書き、二手に別れ、駒を沢山とったり、駒が行く道を防いだりして戦う伝統遊戯です。

↓  ↓  ↓ (ここをクリック!!!)
コヌノリの遊び方解説サイト(韓国語)

開城にあるマンウォルデ(만월대:滿月臺[高麗時代の王宮跡地])の第7号建築の下に置かれていた礎石には、コヌノリのゲーム板が描かれているといいます。

コンノリ板02
↑ これもコヌノリ板をヒントにデザインしたチョガッポ作品です。

囲碁板モチーフ
↑ こちらは囲碁板をモチーフにしているといえますね。

囲碁のセット
↑ 囲碁は日本にもあるとのこと。日韓の将棋は大きな違いがありますが、囲碁のルールは両国とも同じようです。韓国は囲碁がとても盛んな国なんですよ。

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チョガッポ展示会のお知らせ

ポスター01
↑ 展示会ポスター

幽です!!また薄ら寒い花冷えが続くソウルです~。日本はもう暖かいのでしょうか??さて李先生の生徒さんが中心となって展示会をすることになったのでお知らせします。日本にいらっしゃる方は難しいとは思いますが、もし見に行くことが可能な方がいらっしゃれば、是非足をお運び下さい~。

ポスター02
↑「第10回五色チョガッポ会員展」展示会場のお知らせ~(クリックすれば拡大して地図も見ることができます!)

場所は慶尚南道蔚山廣域市(경상남도 울산광역시)の文化芸術会館第二展示室(문화예술회관제2전시실)です。期間は2012年4月24日(火)~26日(木)まで…。ウルサンは釜山に近いので、ソウルからはかなり遠いですねぇ~。ちょっと幽は行くのは難しいかなぁ~???

営業まんがやって来た~
↑ ダムル工房に健康食品の営業マンがやってきましたぁ~

さて話は突然変わりますが(笑)、先日ダムル工房に健康食品の営業マンの方が来ましたぁ~。珍しいなぁ~??ここではこんなの初めてなんじゃないだろうか??李先生の話によると、突然電話がかかって来て、商品を試してもらいたい…ってやって来たのだそうです…。幽は営業マンさんが話している途中に顔を出したので、詳しい商品についての解説は聞けなかったのですけど、面白いのがその商品名…。

アサヒベリー
↑ これがその商品…。アサイベリーですって…。味は間違いなくブルーベリーだったけど…(苦笑)。

韓国の大学である建国大学の研究室が作ったと、営業マンさんが熱心に話しているんだけど、その名前が「アサイスーパーベリーゴールド」。ぱっと見、ブルーベリーのようにしか見えないけど、営業マンさんは「アサイベリーです!!」って言ってるし…。アサイって日本人の名前じゃないの??でも原産地はブラジルだしなぁ~っと…。生徒さんのひとりが「アサイって何??」ってボソッと言ってたのに、営業マンさんの耳には入らないのか何の説明もなく…(苦笑)。

熱心に説明を…
↑ 営業マンさんは熱心に語ってイマス…。

全く買う気もないのに、質問をするのも申し訳ないので黙って聞いていたのですが、頭の中では「日系移民の農場の商品なのかな??あるいはブルーベリーの新種みたいのを日本人のアサイさんって人が開発したのかなぁ~っと…、どうでもいいようなことを考えて…。

何か聞く気ゼロ??(苦笑)
↑ でも皆の反応はイマイチ…のような(苦笑)??

約40分にわたって営業マンさんは熱弁して行きましたが、残念ながら成果はありませんでした。営業職の人って、こんな小さな工房にまでやってきて、数十分も商品説明して、その大部分が徒労に終わってしまう…ってことが容易に想像できるので、本当に大変な仕事なんだろうなぁ~。幽にはちょっと無理だな…(苦笑)。

工房ランチ01
工房ランチ02
↑ ちょっと遅れて工房ランチ~!!延氏、いつもご馳走様デス!!

その後は恒例の工房ランチ…。いつもより1時間ほど遅れていたので、最後の方は皆お腹がすいて来たらしく、結構営業マンさんに対する扱いが雑になっていくのが端で見てても分かり…(苦笑)。せめてランチ後に来ていたら、もう少し皆優しかったかも知れないのに…と、何となく成果ゼロで帰っていく営業マンさんの後ろ姿を見ながら気の毒に思ってしまいました…。

雷おこしご馳走さま~
↑ 今回は雷おこしのデザート付き~!!Y氏、ご馳走さまぁ~!!

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[ 2012/04/25 10:20 ] 雑談(その他) | TB(0) | CM(2)

ハルミコッ(할미꽃;白頭翁)

桜がすっかり散ってしまいました…
↑ 土日の強風と雨で先週満開だった桜はあっという間に散ってしまいました…

土日にかけて激しい風と雨が降り続いたため、すっかり駱山公園の桜は散ってしまい緑の葉に変わってしまいました。桜は本当に美しい花ですけど、あっという間になくなってしまって少々淋しいものです。そんななか地味ながら、たくましく咲いている花を見つけました。ハルミコッ(할미꽃;白頭翁[チョウセンオキナグサ])です。

ハルミコッ01
↑ ハルミコッ

韓国ではこの花にまつわる悲しい昔話が残っています。忠清北道忠州市にあるマウル(마을:村)に、お祖母さんが3人の孫娘と住んでいました。貧しかったけれどもお祖母さんは、孫娘たちを可愛がり大切に育てました。月日が経つと孫娘は、みな結婚する歳になり、嫁に行ってしまいました。

パンジーは今が満開~
↑ 桜は散ってしまったけど、パンジー(삼색제비꽃)は今が満開デス!!

1番年長の孫娘は金持ちのお嫁さんに、2番目の孫娘は商人のお嫁さんに、3番目の孫娘は貧しいソンビ(선비:士人[科挙合格に向けて勉強している無職の知識人])のお嫁さんとして、それぞれそれなりに幸せに暮らしていました。

ヒロハハシドイ
↑ 朝鮮王朝の李王家で珍重されていたというヒロハハシドイ(수수꽃다리)はとてもいい香り!!この花も今が見頃ですぅ~。

しかし一人残されたお祖母さんは、頼りとするものがなくなり、1番目と2番目の孫娘の家を訪ねて行くのですが、色々あって一緒に住むことはできませんでした。そのため3番目の孫娘の家に到着したときは失望から疲れきってしまい、とうとう寝込んで死んでしまいました。

ツツジはもう少し~
↑ 桜がすっかり無くなっても、後にはツツジ(진달래꽃)が控えております!!韓国ツツジの見頃は5月~6月くらいかなぁ~。

3番目の孫娘はとても悲しみ、お祖母さんを陽のあたる暖かい場所に埋めました。すると翌年の春に、お祖母さんのお墓の上に変わった花が咲いたのです。この花の姿がお祖母さんの白髪を思い出させるとして、3番目の孫娘はこの花を「ハルミコッ(할미꽃=お祖母さんの花)」と呼び、いつしか他の人々もそう呼ぶようになったといいます。

ハルミコッ02
↑ おそらく花にある白い毛が、老女を連想させたのでしょうねぇ~

ハルミコッの花言葉は「愛の裏切り」という、少々悲しいものです。韓国では春を教えてくれる花として童話や詩などにもよく登場します。けれどもその花の根は腹痛、脳疾患、赤痢、肝臓癌、脳腫瘍などに効くとされ、漢方薬として使用される反面、たくさん摂取すると毒薬にもなってしまうのだそうです。昔はこの根を毒薬として使用することも多く、妊娠している女性が間違って摂取してしまうと、堕胎してしまうことが知られていた危険な植物だったのです。

ハルミコッ03
↑ う~ん…、よく見ると高貴な紫色の花で、可憐なんだケド…。しかし花からは中々想像しがたい結構ハードな逸話をもってるんだねぇ~(苦笑)

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[ 2012/04/24 10:05 ] 雑談(その他) | TB(0) | CM(0)

緑豆かぼちゃ粥(녹두호박죽)

緑豆かぼちゃ粥
↑ 緑豆かぼちゃ粥~

近々次男がフィリピンへ旅立つこともあり、我家の2人の息子がともに歯の治療中です。次男は成人してから親知らず(사랑니)を抜いたため相当苦しみ、長男は歯茎の治療だけでなく、最近本格的なダイエットを始めているため、かなり厳しい食事制限…。そんな病人ばかりのような家になってしまい、普通のご飯が食べられない…というので、お粥を作ってみました。

緑豆かぼちゃ粥の材料
↑ お粥の材料~

この緑豆かぼちゃ粥の材料となる緑豆(녹두)は昔から非常に栄養価が高い食品として知られています。緑豆はインドが原産地で中国を経由して韓半島に入り、食べるとすぐに肝臓にいき体を浄化してくれる、いわゆる解毒の王として考えられています。

広蔵市場のピンデットッ屋台
↑ 広蔵市場の有名なノクトピンデットッの屋台~

昨年末インフルエンザが流行った時も、多くの韓国人がこの緑豆を使った食事を作りました。他にも低血圧、冷え性、消化不良の人にも良いとされ、手術や抗生物質を沢山使った後などは、この緑豆を使ったお粥を食べさせると良いといわれています。

広蔵市場のピンデットッ
↑ ノクトピンデトッがたっくさん~

韓半島の祖先たちは早くからこのような緑豆の効能を経験上知っていたからなのか、緑豆を使った料理が日常生活でも色々見られます。代表的なものはノクトゥピンデトッ(녹두빈대떡;緑豆のチヂミ)、マンドゥクッ(만두국;餃子スープ)、ノクトゥサムゲタン(녹두삼계탕;緑豆参鶏湯)、スクチュナムルノクトゥパッ(숙주나물녹두밥;もやしと緑豆ご飯)など、これ以外にも緑豆は韓国料理の食材として欠かせないものになっています。

大きなかぼちゃ
↑ 韓国のかぼちゃはとてもデカイ!!

もうひとつのかぼちゃも体によい食材です。これは日本でもよく食べられているとのことですが、ただ韓国と日本では大きさが少々違うようです。幽の話では日本であまり大型のかぼちゃは売られていないとのことですが、韓国はかなり大型のものもあり、直径60~80cmくらいのかぼちゃもマートで売られています。

良才洞のハナロマート
↑ 李先生がよく行く良才洞のハナロマート~

もともとかぼちゃは北アメリカが原産地と言われています。効能としては貧血、むくみ、結膜炎などに良いとされています。けれども『本草綱目(본초강목)』(注1)には「キチェ(기체;氣體=うつ病に近い症状)とスプチョ(습저;濕沮=体内に水分が多い状態)の症状がある者には、絶対に使用してはならない」と記載されているそうです。

マートもひろびろぉ~
↑ 韓国の大型マートって本当に広々してるよねぇ~

そのため出産直後の産婦には与えないほうが良い食材でしょう。何故なら産婦は、生理的に憂鬱になりやすいうえに、細胞外液の増加で体内に水分が多い状態になるからです。このような状態の産婦に与えると体内で水分と熱が発生してしまい、産後回復の邪魔をすることがあるのです。そのためかぼちゃは、 誰にでも無条件に良い食材とはいえないでしょう。

マンドゥの写真
↑ この冷麺の店はマンドゥが美味しいことで有名です。

ソウルは土日にかけて、激しい雨が降り続いています。そんな中、福岡からMari氏が久しぶりにダムル工房にやって来ました。彼女は韓国人より辛いものが食べられる辛党なので、自宅前にあるビビム冷麺の店に行きました。月曜日は遠出するとのことですが、彼女のためにも雨が早く止むといいなと思います。

(幽の補足説明)
注1;『本草綱目(본초강목)』とは、1578年に明国の漢方医・李時珍が完成させた薬草学の研究書です。日本にも中国の初版本が数年もしないうちに入って来たと云われ、和訳本が数多く出版されていました。江戸時代から日本医学に大きな影響を与え続けた書籍でもあります。


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シンソンロ(신선로:神仙爐)

シンソンロ完成図
↑ シンソンロ

お祝いの日など、材料や薬味の全てが揃う時期にだけ作ることができる料理です。

シンソンロとは元々料理の名前ではなく、火爐(화로:火鉢のようなもの)と鍋を合体させて作った器のことを指していました。

そして神仙たちが使った器で食事をすれば、彼らのように寿命が長くなるだろうという願いが込められ、いつしか料理を指す言葉に変化しました。

また、別名ヨルグジャタン(열구자탕:悦口子湯)と呼ばれるように、食べて楽しいスープ料理と考えられています。

シンソンロ床
↑ 神仙爐床(신선로상)

シンソンロの文献としては、15~16世紀朝鮮王朝の文臣であった鄭希良(정희량)という人物が書いたものが残されています。

その文献とは『海東竹枝(해동죽지)』[1925年]という詩集で、その中に「山里近いところに住みながら、独特な火爐を使って料理を作っていた」という記述があるのです。

そして、その料理がとても美味しいだけでなく、見た目も華麗だったこと、そして彼が神仙のような風貌をしていたということから、シンソンロという名前が付けられたという説もあります。

李先生所有のシンソンロセット
↑ 李先生所有のシンソンロセット

またシンソンロは韓国人だけでなく外国人にも人気が高い料理の代表といわれています。

例えば薄田斬雲(1877~1956)という日本の小説家兼ジャーナリストが書いた『朝鮮漫畵(조선만화)』という本。

ここには「シンソンロが朝鮮料理の中で一番美味しい料理であり、日本人の口に合う料理である。日本人が朝鮮料理を食べる時はシンソンロから始めるとよい。」と書かれているそうです。

シンソンロ蓋をした状態
↑ シンソンロの器に蓋をするとこうなります。

また、1945年8月、植民地支配からの解放とともにソウルに入城してきた米軍兵士の口にもあったようです。

1945年12月2日付の東亜日報には「朝鮮料理で一番美味しいのはシンソンロ」と、米軍兵士が故郷に手紙を書いたという逸話が紹介されています。

シンソンロの器と火炉
↑ シンソンロの火爐と器

他にも1959年1月30日付の京郷新聞のインタビュー記事もあるそうです。

インタビューの対象者は当時韓国支部長婦人であったアメリカ人・ジェイムス女史。

彼女は「韓国生活ではオンドルがとても快適である。そして韓国料理の中では、シンソンロなら誰もが気に入る料理だろう。だから調理方法学び、器を買ってアメリカに持って帰りたい。シンソンロは国際的な料理になるかもしれない。」と賞賛しています。

シンソンロの器
↑ シンソンロの器拡大~

シンソンロを作る方法を学べば、それだけで色々な料理を作る方法を会得できます。

例えばスープ、肉団子、魚・キノコのジョン(煎)、錦糸卵の作り方、他にも料理を美しく見せる材料の切り方、盛り方など、料理に必要な基本を全て学ぶことができるのです。

つまりシンソンロは様々な料理法を駆使した総合的な料理と言えるのです。

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北方の郷土料理⑤(その2)

宮中料理院の春
↑ 宮中料理研究院のセミナー室から見えた春~

次は北韓の食堂についてです。高麗ホテルの前の通りにチャンガンコリ(창광거리;蒼光通り)という北韓の富裕な若者たちが集まる場所があります。この通りの南側には数百件以上の多種多様な食堂が集まっている区域があるそうです。

チャススジョン完成
↑ 3つ目の料理はチャススジョン(차수수전;もろこしきび煎) 

これらの食堂の所属はそれぞれだそうですが、大部分は平壌市人民奉仕指導局の蒼光奉仕管理局に所属しているとのこと。その中でも平壌を代表するような数十件の飲食店になると平壌市の人民奉仕指導局が直接運営しているようです。その他にも平壌市人民委員会社会給養管理局は各区域の総合食堂を、そして産業省給養便宜局は平壌市内の各道特産物食堂などを運営していると言われています。

チャススカル
↑ 材料はチャススカル(차수수가루;もろこしきび粉)、韓国ではチャルスス(찰수수)と呼びます~。

また内閣の対外経済担当部署が直接運営する食堂もあります。ここでは主に中国料理を提供するようですが、外国人を接待するための食堂なので、支払いはドルやユーロでされるそうです。一般住民がこのような外貨で支払う食堂を利用するためには、別途特別な食券が必要であることが分かっています。

チャススジョンを焼く~
↑ チャススカルと緑豆を混ぜたものをフライパンで焼き、豚肉とキムチを乗せて~

このように北韓にも沢山の食堂がありますが、各食堂が思い通りに料理を作ることはできません。全ての食堂は朝鮮料理協会に登録されている料理だけを作ることができ、料理方法も決められています。北韓は基本的に計画経済ですから、料理法通りに料理を作らないと材料が不足したり、残ってしまうのです。但し規模が大きな食堂などでは、足りない穀物などを農村から小売してもらえる独自ルートを持っているとのこと。

チャススジョン
↑ 広島焼きみたいに具材をはさんで焼く料理のようです~

けれども2002年7月1日に経済管理改善措置が採られてからは、北韓でも独立採算制が徐々に定着していき、現在では食堂間の競争も熾烈になったと言われています。1~2つの料理だけを提供する専門食堂も少しずつ増えてきているそうで、各食堂は伝統的な民俗料理や郷土料理などを新しく発掘してきて、店の代表料理として大きく宣伝し始めたりもしているそうです。何でも、しばらくの間姿を消していたマッコリなども復活しはじめているとか…。

プッペチュチョッチヂゲ
↑ 最後はプッペチュチョクッチヂゲ(풋배추적국지지개;青白菜と小海老の塩辛スープ)

最近の北韓は、料理方法を標準化して民俗文化遺産として残し、教育事業と料理技術の発展に積極的に寄与していくことを強調しているそうです。そのため時代の趨勢にしたがって、料理方法をPCの動画でつくり、全国の食堂や各家庭に配布したりもしているそうです。2006年以降は新しい食堂も続々開館しており、北韓の学術誌『歴史科学(력시과학)』によれば、現代化した食堂が全国に800箇所以上もあるとのことです。

スープのヤンニョム色々
↑ 手前が調味料に使われるセウジョッ(새우젓;小エビの塩辛)。

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北方の郷土料理⑤(その1)

テレビ局取材中の韓福麗氏
↑ 先日の宮中料理研究院の北韓料理セミナーには、韓国のEBS放送局の取材が入りました。この番組は5月4日(金)午後22時40分[再放送は5月5日(土)14:30~]のシリーズ『オモニジョン(어머니전:母親伝説)』で放映されるそうなので、関心がある方は是非ご覧になってみて下さい。

セミナー中です。
↑ セミナー中~

先日のセミナーテーマは「北韓の料理師と食堂」についてでした。内容が多いので2回に分けて話したいと思います。北韓の料理師養成機関は、大きく分けて2つあります。ひとつは平壌にある4年制のチャンチョルグ平壌産業大学(장철구평양상업대학)給養学部(급양학부)です。高麗ホテルや羊角島ホテルなど北韓を代表する一流ホテルや、玉流館や清流館など北韓の顔として扱われる高級食堂の料理長になるような者たちは、ほとんど全てこの大学の卒業生なのだそうです。※チャンチョルグはどうも人名のようです(幽談)。

チィホムリパッ
↑ セミナー後の調理実習。今回も4つの北韓料理を作ってみました。先ずはチィポムリパッ(취버무리밥;シラヤマギクの混ぜご飯)。小麦粉も入っているそうで、どんな味だろ??タルレジャン(달래장;ヒメニラ醤)をかけて食べるそうです~。

この一流の料理師たちを輩出する役割を果たしている大学には、給養学部、被服学部、経理学部、観光学部などがあり、4年間、料理学総論、料理学実験、料理実技、外国料理科目など、料理の理論や技術を学ぶだけでなく、栄養学、冷凍学、コンピューター事務処理能力、電子機器・オートメーション化などなど、多岐にわたり総合的に学びます。そしてこの大学を卒業すれば、自動的に料理師資格証が発行されます。また、この大学は入学時に身体検査をかなり厳しく行うことが知られており、在学中であっても定期健診で疾病が確認された場合は、別の学部に転学させられてしまうそうです。

コンジョン完成
↑ 二つ目はコンジョン(콩전;豆煎)。これは大豆の粉で作ったお好み焼きみたいなもの~。

他には平壌・各道に2年制の料理専門学校も存在します。平壌料理専門学校では料理科、奉仕科、観光科などの学部に分かれ、韓国料理、洋食料理、中国料理、日本料理などの各種料理法の理論と、英語・日本語などの語学課程を開設しているそうです。教育課程の最中に、平壌市内の有名食堂の見学や料理実習なども含まれているとのこと。

コンジョン材料
↑ 材料はこんな感じ…

国家的な教育を通して体系的に料理師を養成しはじめたのは1980年ころからだそうです。このころから全国に経工業単科大学と1年制の職業学校が作られるようになったことで、料理師課程を志望する学生が爆発的に増えたと言われています。理由は料理師になれれば比較的収入もよく、外国に派遣される機会もあるという事実が知られるようになったからで、かなり高い競争率だそうです。

コンジョン材料混ぜ合わせ
↑ 混ぜて~

他にも興味深いのは料理を運ぶ給仕係も料理師と同様の養成機関があることです(←これが奉仕科)。高級食堂であるほど先のチャンチョルグ平壌産業大学の出身者が多くなります。ここではサービス教育はいうまでもなく、芸術公演をするための踊りや歌まで学び、容姿も厳しく選定されるというので、北韓ではサーバーという職業は、誰にでもできる職業ではないようです。次回は北韓の食堂について話したいと思います。

コンジョン焼く~
↑ 焼きます~。大豆の粉のお好み焼きってどんな味なんだろう??

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ダムル工房の春

ダムル工房の春01
↑ 幽です!!ソウルにも本格的な春がやってきましたぁ~。ダムル工房にほど近い駱山公園の桜も今が見ごろの満開デス!!

ダムル工房の春02
↑ 李先生も桜満開の駱山公園にお散歩にやって来ましたぁ~。

ダムル工房の春03
ダムル工房の春04
↑ もちろん駱山公園の花は桜だけではありません。こちらは満開のケナリ(개나리;レンギョウ)!!満開のケナリも見ごたえあります!!

ダムル工房の春05
↑ これはトルタンプン(돌단풍;イワヤツデ)。白い小さな花が可憐デス…。

ダムル工房の春06
↑ モンリョン(목련;木蓮)も満開だ~。ゴージャス!!

ダムル工房の春07
↑ パクテギナム(박태기나무;花蘇芳)。これの満開はもう少し待たないとダネ…。

ダムル工房の春08
↑ ファンメファ(황매화;ヤマブキ)もこの季節だったんだね!!

ダムル工房の春09
↑ このように春真っ盛りのダムル工房ですが、花に誘われてか、本日は多くの訪問者がいらっしゃいましたぁ~。先ずは生後5ヶ月のHちゃん!!可愛い~!!天使みたい!!

ダムル工房の春11
↑ お母さんのRei氏は幽の大学路におけるご近所さん&職場の同僚デス…。出産のため11月初に日本に帰国してからしばらくご無沙汰でしたが、12月に無事出産!!おめでとうございますぅぅぅぅ~!!

ダムル工房の春10
↑ 2月末には韓国へ戻って来ていたそうですが、ずっと旦那さんの故郷にいたのです。そして春の到来とともに2週間程前にいよいよ大学路に帰って来てくれたとのこと!!わぁ~っい!!嬉しいなぁ~、帰って来るのを心待ちにしていたよぉ~。

ダムル工房の春12
↑ 李先生は赤ちゃんを見て「お母さんに似て、思ったより背も高く、表情もとても豊か。その割りにはそれ程ぐずることもなく、とても賢く、可愛いいい子だねぇ~」と、相好が崩れっぱなしデス…。

ダムル工房の春13
↑ Rei氏~、幽がプレゼントしたセクトンチョゴリは、1歳の誕生日から2歳くらいまで着られるそうなので、もし着たら是非写真を送ってねぇ~!!

ダムル工房の春14
↑ 出産前後も時間を見てチョガッポ作りを続けていたそうです!!素敵な作品を披露してくれました。李先生も「お母さんが静かに何かに集中しているのは胎教にも良い」、作品も「無駄な布をほとんど出さずに効率的な作り方、それに縫い目もとても綺麗で完成度が高い」と褒めていましたよ!!

ダムル工房の春15
↑ 時間を見て他の作品にもチャレンジとのことで、李先生から指導を受けている模様…。

ダムル工房の春16
↑ 次は韓国人のお弟子さんも訪問~。Hちゃんに皆、笑顔にナリマス…。

ダムル工房の春18
↑ さらにお次は昨年以来、ご無沙汰だった刺繍&メドゥプのソン先生まで!!!!本当に久しぶりのダムル工房訪問デス!!トレードマークの帽子も健在(^^)!!

ダムル工房の春17
↑ 実はソン先生、昨年末事故で捻挫をしてしまったため、数ヶ月外を歩き回ることが出来なかったんですって!!全然お顔を見ないなぁ~っとは思ってましたが、まさかそんなことが!!今は回復したそうで、本当にヨカッタです!!

ダムル工房の春19
ダムル工房の春20
↑ 以上、本日は春真っ盛り&千客万来のダムル工房でした!! 駱山公園の桜やケナリは今が見ごろの満開です!!大学路に来られる予定がある方は是非とも見に来てくださいねぇ~(^0^)/~。

ダムル工房の春21
↑ 工房前で日向ぼっこする李先生~。ちょっと珍しい光景カモ…。

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クジョルパン(구절판;九節板)

クジョルパンの料理
↑ クジョルパン

クジョルパンは9つに分かれている漆をほどこした木器や、外側に華麗な螺鈿細工をほどこした器の名称です。その真ん中に小麦粉で作ったミルチョンピョン(밀전병;小麦煎餅[クレープ])を置き、他の場所に牛肉、人参、シイタケ、錦糸卵、キュウリ、もやし、岩茸などを盛り付けます。

螺鈿のクジョルパン01
↑ 漆器の螺鈿細工で作られたクジョルパン~。李先生のお嫁入り道具です。しかし李先生は色々物持ちいいですねぇ~(^^)。

食べ方はクレープに具材を置き巻いて食べます。主に交子床(교자상;お祝い料理)や酒案床(주안상;酒のつまみ料理)などの前菜料理として出されることが多い料理です。

螺鈿のクジョルパン02
↑ 表側には細かい螺鈿細工がほどこしてあります~

クジョルパンで最も重要になるのが、真ん中にある小麦粉のクレープです。方信栄『朝鮮料理諸法(조리요리제법)』(注1)には、チャルチョンビョン(찰전병;もち米のクレープ)を作る方法が記載されており、次のように書かれています。「もち米をすり潰して作った粉を冷水で混ぜ合わせ、箸で掬った時に少し落ちてくる程度のゆるさにします。そしてフライパンに油を引き、スプーンを使って綺麗に丸く焼きます。」これは小麦粉で作ったクレープも同じことで、ゆるく作らないとスプーンで丸く作る時に綺麗な形にならないのです。

陶器のクジョルパン
↑ 陶磁器のクジョルパンもあります~

また漆器のクジョルパンはお湯で洗っては駄目で、ぬるま湯に浸した布巾で汚れを落とした後、乾いた布巾でふき取ります。

陶器のクジョルパン弁当02
↑ こちらは李先生が最近気に入って購入したという陶磁器のクジョルパン弁当セットです。購入の決め手は陶磁器の質感がとても良かったからだそうデス~。

(幽の補足説明)
注1)方信栄(방신영)[1890~1977]は、韓国の女子教育者・韓国料理の大家として知られている人物です。1929年に韓国の有名女子大学である梨花女子大学家政科が創設された時に、初代の教授として就任しました。また、彼女は2年間東京栄養学校に通ったこともあることも知られ、その生涯で多くの韓国料理を記録しました。その著書のうち『朝鮮料理諸法(조선요리제법)』は、1931年に執筆され現在でも多くの韓国料理研究家に読み継がれている料理本です。

陶器のクジョルパン弁当01
↑ 李先生のこの九折板弁当セットも素敵な作品でした!!こういうの見ると料理をしたくなりますよねぇ~。

それから単なる余談ですが、先日利川に観光に行った陶磁器好きの日本人に陶芸村で写した写真を見せてもらいました。そしたら、最近の陶芸家の作品はモダンで素敵な普段使いもできる作品がとても増えていて驚きました!!幽が利川に行ったのは何時だったかなぁ~??最近の韓国デザイン力は随分上がって来ていることを実感…。さすが国策のひとつとしてデザインを挙げていることだけはあるのでしょうか??幽もまた利川に訪問して、素敵な作品が欲しいなぁ~!!


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セクトン(색동;色動)の由来

女の子用チマチョゴリ01
↑ 女の子のセクトンチョゴリ~

安丘山という研究者が1965年に書いた「セクトンチョゴリ(색동저고리)」という論文によると、セクトンは韓国女性の象徴だと言っています。1月の正月、5月の端午、8月の秋夕など、名節の時期ごとに子どもから成長した少女までが着るセクトンチョゴリによって、韓国人は名節の実感を少なからず得ていると思われます。つまりセクトンは韓国の名節を象徴する衣服と言え、韓国固有のものだという特徴と自負を持っているといえるでしょう。

男の子用のパジチョゴリ01
↑ 男の子のセクトンチョゴリ~

けれども実際にセクトンチョゴリに対する記録は残されていません。ただ民謡のように口伝で伝えられてきたのではないかと考えられているそうです。高麗時代の中ごろに中国の宋から緋緞(シルクの布)が入って来たのですが、当時は王の許可なく一般人がこの布を使うことが禁止されていました。しかし王が下賜した布で衣服を縫うと、自然に切れ端(조각)が出てしまい、その切れ端を捨てることなく集めて、子どもの衣服を作ったという話がセクトンチョゴリの始まりではないかと考えられています。

女の子用チマチョゴリ02
↑ 友人の娘さんへのお土産に買ったセクトンチョゴリ~。何と帽子とチュモニをおまけしてくれましたぁ~!!ラッキー!!

セクトンチョゴリについて知っておかなければならないこともあります。韓国人でも意外と知らない人が多いのですが、子どもたちに着せるセクトンチョゴリを作る時、男の子の袖には藍色の縁取りを付け、女の子の袖には紫色の縁取りを付けることが通例となっています。

男の子のセクトンチョゴリ
↑ 男の子のセクトンチョゴリ~。これは人形が着るセクトンチョゴリです…。

男の子用のパジチョゴリ02
↑ これも男の子用~。本当は男の子のセクトンチョゴリの袖は上の人形の服のように藍色の縁取りにしないといけないのですが、現在ではその辺りのことは忘れられていることも多いとのこと。広蔵市場の子供用韓服の店でもしきたりに沿っていないセクトンチョゴリが沢山ならんでいるそうです~。でもどれも可愛いですけどねぇ~。

チマチョゴリは朝鮮時代になると、色によってその身分や状態を表すようになりました。例えば、セクトンを着ている者は幼い子どもと認識されています。結婚前の女性は真紅のチマに黄色のチョゴリ、新婦は真紅のチマに黄緑色のチョゴリを着ることになっていました。他にも結婚後の婦人は紺色のチマに玉色(=翡翠色・空色)のチョゴリ、さらにチョゴリの袖先が藍色をしていたら息子がおり、紫色なら旦那がいるということを示していたといいます。

セクトンを沢山売っている店
↑ もちろんセクトン用の生地屋さんも沢山ありますぅ~

また王家や名門勢道家(政治権力を持った家)などでは、セクトンに金箔の模様を入れることができました。けれども壬辰倭乱(←文禄・慶長の役)以降は、両班階級の家が増えることによって、富裕層ならば金箔を入れることが一般化していったそうです。

色々なバージョンのセクトン生地
↑ 色々な種類のセクトンがあるんですねぇ~。

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[ 2012/04/17 10:06 ] ポジャギ 韓国の色 | TB(1) | CM(1)

ペネチョゴリ(배냇저고리)

ペネチョゴリ01
↑ ミョンジュの布にヌビを施して作ったペネチョゴリ

ペネチョゴリ02
↑ まだヌビが右腕部分しかできていません。ヌビは時間がかかるため、いつ完成するのでしょうか?

ペネオッ(배내옷)と呼ばれることもあります。子どもが産まれると、入浴をさせた後、最初に着せる服のことをこう呼びます。少し大きめに作り、チョゴリの結び紐は太い糸を編み上げて作ります。この組紐は長寿の意味を持っており、ペネオッは成長した後もお守り(부적)のような役割を果たすため、大事に保管されます。

夏用のペネオッ
↑ 夏用のペネオッ(材質は木綿)

夏用のペネオッ02
↑ このような夏のペネオッもあります。


お守りとしてペネオッがよく使われるのは大学入学試験の日です。受験生たちは、お腹にこのペネオッを結びつけて試験を受けるのです。もちろん私もそうしましたが、残念ながら大学入試に落ちてしまいました。そのため1年後、もう一度試験に挑戦した時にはペネオッのお守りをしなかったのですが、その時は合格しました。やはりどんなことでもお守り頼みだけ…というのは大した効果はなく、本人のやる気次第のようです。

李先生が着ていたペネオッ
↑ 子どもの頃、李先生が着ていたペネオッ。大学受験の時にお腹に巻いて行きました。

ペネオッの素材は、綺麗な織目の木綿(ガーゼ)、ミョンジュ(冬用)、糊をとった柔らかいモシ、木綿(夏用)などを使います。新しい布で作ることが多いですが、時折長寿の老人が着ていた服をほどいてつくることもあるそうです。

冬用のペネオッ
↑ 長袖のペネオッ(材質は木綿)

冬用のペネオッの裏側
↑ 裏はこのようになっています。

またトゥロンチマ(두렁치마)と呼ばれるものもあります。これは子どものお腹から下を巻いて着るチマ(치마;スカート)のような衣服です。産まれてから7日過ぎた子どもに保温の意味もあり着せるものです。

トゥルンチマ01
↑ トゥロンチマ

トゥルンチマ02
↑ トゥロンチマの結び紐はちょっと変わった方法で作られており、紐を付けるのも少々難しいです。

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ヘジャンクッ(해장국)②

慶尚道式のチュオタン
↑ 慶尚道式のチュオタンはドジョウを濾さずに丸ごと入れて調理します~

チュオタン(추어탕;どじょう鍋)もヘジャンクッの一種類と言えるスープ料理です。地域によって料理方法が大きく変わるのが特徴と言えます。全羅道(전라도)地方は辛い味付けがなされ、慶尚道(경상도)地方で食べるチュオタンは全く辛くありません。

元祖チュオタン01
↑ 幽の職場にほど近いところにある「元祖チュオタン専門店」。ここは創業1977年を誇る老舗中の老舗店です~。ソウルでも移り変わりの激しい激戦区・江南にあって、これだけ長く続いている店はほとんどない程です。そのためこの店は近代的なビルに囲まれ浮きまくってイマス…。でもここのチュオタンは本当に美味しいデス!!

冬に自然の恵みとしてドジョウ(미꾸라지)が沢山とれたために、チュオタン(鰍魚湯)という名前が付けられたと言われています。このスープ料理は酔い醒まし効果だけでなく、とてもスタミナが付くと言われているため、あちこちに専門店ができるほど人気があります。

元祖チュオタン02
↑ 江南のこの辺りでは、すっかり珍しくなってしまった鄙びた外観~

料理方法は色々ありますが、ドジョウをすり潰して煮る方法がどちらかといえば多いような気がします。ドジョウを真水に入れた後、目の粗い篩に入れ木ヘラなどで濾すと、骨と皮だけを上手く取り除くことができます。そして濾したドジョウ肉の部分だけを再度茹でたスープに入れ、コチュジャンとテンジャン(된장;韓国味噌)で味付けし、臭みを消すための生姜や胡椒を入れます。

チュオタン
↑ ここの店のチュオタンは濾したものもあるし、丸ごとのものもあります。写真のチュオタンは濾してあるチュオタンで、幽はこっちの方が食べやすくて好きデス…。

スープは店によって色々違い、牛肉のスープや鶏肉のスープを使います。その上にスクチュ(숙주;もやし)、コビ(고비;ゼンマイ)、パ(파;ねぎ)、ぺチュ(배추;白菜)、カッチェ(갓채;辛子菜)なども入れ煮立たせます。食べる時に胡椒や山椒粉などをかけるとより美味しくなります。東大門市場のうち鐘路5街食い倒れ通り(먹자골목)に行くと、とても美味しいチュオタンの店があるので、食べてみたい方はそちらの方へ行かれると良いでしょう。

ドジョウ01
↑ 外にある2つのたらいを除くと…、うん??

ドジョウ02
↑ うわっ!!こっちはよく見える…。ちなみにここはチュオタンももちろん美味しいのですが、ドジョウの天ぷらも絶品なんだとか…。中々食べる機会がないのですが、今度一度試してみたいなぁ~。こういうの見ちゃうと、ちょっと可哀想な気もするケド…。

(幽の補足説明)
鐘路5街食い倒れ通りとは、タッハンマリなどで有名な場所のことです。チュオタンの店ではありませんが、鐘路5街食い倒れ通りの写真がいっぱいあるサイトです。


↓  ↓  ↓ ここをクリック!!
鐘路5街食い倒れ通りの紹介サイト(韓国語)

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てまりの思い出

金賞受賞作品『傾慕』
↑ 1990年日本手工芸指導者協会にて金賞受賞作品『傾慕』

先日、机を整理していたら、昔の写真などが出てきました。1990年に日本手工芸指導者協会で金賞を頂いた時のことです。私がてまりを最初に始めたのは1986年ごろのことでした。当時住んでいたマンションに、日本でてまりを学んだという韓国人の方がいたのですが、いくらも教わらないうちに外国へ移住してしまい、そのままになってしまいました。

展示会場にて02
↑ 展示会場の李先生~。わ、若いぃぃぃ~!!!42歳くらいらしいけど??

そんな中、フランス旅行中、ドゴール空港で韓国のポジャギと一緒に置かれていた、小さくて美しい手まりを見たのです。それを見て、もう一度手まりをきちんと教えてもらいたいと考えるようになりました。

展示会場にて
↑ 受賞作品の前で…。隣に写っているのは、同じく金賞受賞の日本人の方だとか…。

そして韓国へ帰国し、色々情報を集めているうちに、明洞のロッテ百貨店に通じる地下商店街で、てまりを販売している店があることを知りました。早速その店へ行き、主人に手まりを教えてくれと頼み込み、ようやく本格的に習い始めることができました。私のてまりの師となる朴先生は、日本人の駐在員夫人からてまりを学んだそうです。

展示会場の前で
↑ 展示会場の前にて…

朴先生が日本手工芸指導協会に所属していたことから、私もそのまま協会員になり、1990年に資格証取得のため作品展に出品しました。すると協会から金賞受賞の連絡が来たのです。そして授賞式に出席するため日本を訪問することになりました。授賞式では当時、私も色々影響を受けた故尾崎千代子先生(注1)がいらして、一緒に写真を撮ってもらえたことも、とても光栄な体験でした。

尾崎千代子先生と
↑ 尊敬する尾崎千代子先生と…

この日本訪問では、もうひとつ忘れられない思い出があります。かなり年輩の女性が私の黄色いチマチョゴリを見て、触っていいかしら…とおっしゃりながら、昔韓半島に住んでいたことを話してくださったのです。大切そうに私の韓服を何度も何度も撫でながら、もう見ることもないだろうと思っていたチマチョゴリに、ここで思いがけず出会えて本当に嬉しい…と懐かしそうに話す姿を今でも忘れられません。

授賞式会場にて
↑ 授賞式の様子デス…

韓国へ帰国後は、さまざまな伝手を使って韓国で何故手まりが失われてしまったのか、韓国にもてまりのようなものがあったという話をたよりに、韓国てまりのルーツを探すため色々な文献にあたりました。するとある研究者の方からお守りの本に手まりの原型があるという話を聞き、韓国のお守りの勉強なども始めるようになりました。

韓国のお守り
↑ 韓国てまりの原型と言われる「お守り」

そんなことをしている間に、韓国内にほとんどいないてまりの専門家(?)などと、私を呼ぶ人も出てきて、雑誌やメディアにたまに取り上げられるようになりました。しかし、それに恥じないようにと、色々学べば学ぶほど、関心分野が広がってきてしまい、韓服作りやチョガッポ、宮中料理など随分忙しくなってしまいました。

李先生の写真01
↑ 宮中料理研究院の展示会にて、マスコミ取材を受ける李先生~

けれども、てまりを作る時、針の行く先が全て決まっているように、その時その時やらなければならないことを迷ってしまうと、結局作品が台無しになってしまいます。迷いや雑念、心配があれば、作品を完成させることもできないでしょう。私たち手工芸家は、行かなければいけない道を黙々と進んで行きさえすれば、いつかは美しい作品が仕上がることを知っています。だからこそ自分の人生もこうありたいと、いつも心かけています。

(幽の補足説明)
注1) 尾崎千代子先生とは、現在の日本てまり界の基礎を作ったと言われるほどの重要な先生です。現日本てまり協会の会長でいらっしゃる尾崎敬子先生のお母様にあたる方です。それまでも日本全国に手まりはあったのですが、それは母から娘へ、あるいは姑から嫁へと、内々に伝えられるだけのものでした。

そんなてまりも急激な生活環境の変化のため、慣習自体が風化していきました。そのようななかで、消えゆく運命にあった日本全国の手まりを収集し、それぞれの作り方を体系的に記録し、出版しはじめたのが尾崎千代子先生だったのです。もし千代子先生の努力がなければ、多くの手まりがその存在を知られることなく、韓国のように消えていったのでしょうね…。

尾崎敬子先生と
↑ 現在の日本てまり協会会長でいらっしゃる尾崎敬子先生(着物の方です)。確か2008年に韓国人のお弟子さんたちと訪問し、世田谷区にある「てまり文庫」を訪問した時の写真です。このてまり文庫も本当に素敵な空間です。もしこちら方面へ行かれる機会がありましたら、是非とも訪問してみてください~。


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[ 2012/04/14 10:15 ] 手まり | TB(1) | CM(0)

北方の郷土料理④

韓福麗氏2007年
↑ 韓福麗氏(2007年の宮中料理展示会の時の写真)

恒例の北韓料理研究会の日でした。今回は宮中料理研究院の院長である韓福麗氏が2000年に北韓地方へ2泊3日訪問した時に写したプライベート写真を色々見せてもらいました。彼女が写した写真は様々な制限があるためここでお見せすることはできませんが、どれも非常に興味深く、これが故郷の現在の姿なのか…と感慨深いものがありました。

オンバン
↑ 鶏肉平壌温飯(닭고기평안온반)

韓福麗氏が北韓へ訪問したのは、2000年に開催された南北頂上会談の北韓招聘晩餐会にて料理を作るためでした。無形文化財第38号の称号をもつ彼女を中心に調理チームが作られたのです。そのため一切自由な行動は制限されていました。けれどもその限られた時間の中で、色々感じた体験談を色々話して下さって、とても有難く思っています。

トトクポックム
↑ ツルニンジン炒め(더덕뽁음)

また北韓の一般民衆料理を見ることはできませんでしたが、歓迎晩餐料理は味わうことができ、料理に対する研究熱心ぶりを知ることができたそうです。そして北韓の晩餐料理の特徴として、皿の上に食材を使って、北韓の自然を絵画のように表現するという手法が、料理をより美しく、美味しく見せることをもっとも重要に考えている自分たちとの大きな違いだ…ということを知って、非常に興味深かったそうです。

サムチヨンチィナムル
↑ 三淵池青菜(삼지연취나물)
※白頭山にあるカルデラ湖・三淵池で採れる青菜を使って作った前菜料理。白頭山に溶岩があった時のことをイメージして盛りつけたそうです。2000年の北韓招聘晩餐会にて、北韓側の料理人が作った料理を再現したそうです。

また食べ合わせなどもあるそうで、例えば小豆と冷たい水、桃と冷たい水は一緒に食べては駄目だとか、ハッカ飴と早生のジャガイモ、牛肉と鯰などの食べ合わせが命に関わるほど危険などというのも、かなり韓国と似た話も多いのですが、それでも違いはあり、興味深いものでした。

ナバクキムチ
↑ 大根の水キムチ(나박김치)

その後はいつもどおりに調理実習も行い、今回は定番の鶏肉平壌温飯(닭고기평안온반)、トトク炒め(더덕뽁음)、三淵池青菜(삼지연취나물)、大根の水キムチ(나박김치)などを作りました。
※トトク(더덕)とはキキョウ科多年草のツルニンジンのことです。三淵池とは北韓地域、両江道にある湖の名前です。100万年前に白頭山溶岩台地の上に火山噴出物が流れることで作られたカルデラ湖です。

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チョガッポ作品の整理

刺繍屋さんの李先生
↑ いつも多忙な李先生~

ここ最近、日本からの短期留学生は別として、定期的・継続的に工房にやってくる韓国人の生徒さんたちは、どちらかと言えばてまりの方に関心を寄せる人が多くなっています。また最近はチョガッポやチマチョゴリの作り方を動画でアップして講義してくれるサイトがあるそうで、韓国人だと動画を見ながらチマチョゴリを作ってしまう…という器用な人も増えているらしいです。

そのため教える時間も若干てまりの方が多かったり、あるいは毎年恒例の展示会に出品するための作品づくりもあって、最近はチョガッポ作品の大作をしばらく作っていないことに気が付きました。だから一度、自分のチョガッポ作品のうち、比較的大作にはいるものを整理してみることにしました。

スンインとモシの作品
↑ ひとつ目はスンイン(순인;純仁)の切れ端と、モシ(모시;苧麻)に刺繍を入れた布を使用して作ったチョガッポです。隙間時間を利用しながら約2ヶ月で作った作品でした。

8年前のモシのチョガッポ
↑ こちらの作品も比較的大きな作品なのですが、これは考えてみたらもう8年も前に作った作品でした。材質はモシです。

オクサの作品
↑ 約60センチ四方の作品になるので、最近では大きめの作品に入ります。ホッポ(홑보;一重技法)を使って作りました。材質はオクサです。本当に韓服をつくって、残った切れ端だけを活用して作ろうと決めて作った作品でした。次の作品もそうなのですが、本当の意味で閨房工芸の美しさを充分に活用してみようと考えた時期のものです。

ミョンジュの作品
↑ これが最近では一番大きな作品になります。大きさは136×111センチです。材質はミョンジュですが、これも残った切れ端を充分に活用して、美しいチョガッポを作り出すという喜びを狙って作ったものでした。

このように自分の作ってきたものを振り返ると、最近のチョガッポ作品は、壁掛けなどの比較的小品が多くなって来ていることに気が付きました。10月には日本手工芸指導協会の展示会にチョガッポ作品を提出しなければなりません。そろそろ展示会出品へ向けて本格的なチョガッポ作品を作成しはじめなければならない時期に来ているようです。

(幽のつぶやき)
韓国の選挙管理委員会
↑ 広蔵市場の向かいにある韓国の選挙管理委員会の建物

水曜日の韓国は国会議員の選挙のため、公休日でしたぁ~!!!日本と違って公休日がとても少ない韓国の(←日本の約3分の1!!)、貴重な貴重な公休日なのに、水曜日だったため、何の恩恵も得られず、ガックシ…(涙)。だって幽のオフは月曜と水曜なんですもん~!!!

大学路地域の投票所
↑ 幽の住む地域の投票所は東祟アートセンターの横でした!!

でも水曜日のソウルは、土砂降りの雨だった火曜日とはうって変わり、本格的な春の到来を思わせる1日で、多くの人々が大学路に押し寄せていましたぁ~。ダムル工房の前もお祭りのように沢山の人の往来が…。本当に有名になったよねぇ~、駱山公園の壁画マウル…。

大学路のフィリピンマーケット
↑ これは昨日じゃないけど、大学路名物のフィリピンマーケット

ちなみに幽は久しぶりにショッピング三昧で、散財しちゃった…。女性ってどうして買い物すると気分がスッキリするのかな??本当に不思議だ…。新しいB級グルメも色々試して、1日があっという間にすぎてしまいました…。はぁ~(苦笑)。

バナナの揚げ物
↑ バナナの揚げ物…。恐ろしいくらいの高カロリーってことは考えない…、考えない…。

毎週日曜日に大学路で開かれるフィリピンマーケットは一見の価値ありです~。日曜日に大学路に来られる方は是非見学していって下さいねぇ~。


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炙(적)について

ソンイサンジョク
↑ ソンイサンジョク(송이산적;松茸散炙)

ジョク(적;炙)とは肉類と野菜・キノコなどを味付けして串に刺し、焼いた料理です。大きく分けてサンジョク(산적;散炙)、ヌルムジョク(누름적)、チヂム(지짐)という3種類の料理法があります。簡単に言えばジョン(전;煎)と同様に玉子の衣を漬けて焼きますが、それを串刺しすればジョクとなります。

ウンパサンジョク
↑ ウンパサンジョク(움파산적;ひこばえ葱の散炙)

サンジョクは肉と野菜を交互に刺して、味付けし、焼き網で焼いたものです。オサンジョク(어산적;魚)となれば、肉の代わりにトンテ(동태;凍太[冷凍スケトウダラ])、ミンオ(민어;民魚[ニベ])、カンオ(광어;廣魚[ヒラメ])などの魚類を刺したものを指します。

ヌルムジョク
↑ ヌルムジョク

ヌルムジョクは、1700年代まで朝鮮王朝時代の料理書によると、材料を蒸したり焼いたりした後、小麦粉を水で溶いたものに付けて作るという、中国料理の酢豚のような料理を指しました。しかし1700年以降の料理書になるとこの方法はなくなり、代わりにそれぞれの材料を炒めて串に刺す料理法に変化しました。ヌルムジョクの代表的なものとしてファヤンジョク(화양적;華陽炙)というものがあります。

ファヤンジョク
↑ ファヤンジョク

チヂムは各材料を味付けして串に刺すのですが、焼くときはジョンのように玉子などの衣を付けて焼きます。代表的なものにキムチジョク(김치적)、トゥルプジョク(두릅적;タラの芽炙)などがあり、これらは皿に盛り付ける時には、串を外して食べやすいように2~3個に切って綺麗に並べます。

キムチジョク
↑ キムチジョク

(幽のつぶやき)
2007年の展示会にて李先生01
↑ 李先生の髪が長い~!!

炙の説明に使われた写真は、2007年10月に行われた宮中料理研究院の恒例行事「第3回宮中と士大夫家の伝統料理祭り~宮中とソウル班家の飲食展~」に李先生も参加した時に写した写真です~。懐かしい写真に思わず笑いが…(^^)。

2007年の展示会にて李先生02
↑ 李先生はあまり変わっていないように思ってたけど、やっぱり5年かぁ~。あっという間の歳月デシタ…。あの頃、幽は何してたっけ??

これ幽も見に行ってる筈なんですけど、自分が撮った写真が見つからないぃ~~(涙)!!!確か日本人の友達と見に行ったことだけは覚えている…。毎回見に行っているけど、この時の李先生の髪の毛が長いのにまずビックリ!!そういえば、そんな頃もあったっけぇ~(苦笑)。いやぁ~、それからもう約5年も前の話なのか…。じゃ、李先生が今みたいに短髪にしたのって何時ごろだっけ??う~ん、記憶にないなぁ~??? 

2007年の展示会ポスター
↑ これがその時の展示会ポスターでぇ~っっす!!

この行事は毎年ソウルと地方でやるので、ソウルでは2年に1回ごとやるって聞いてます。今年は雲峴宮ではやらずに、別の地方でする年になるはず…かな??確か去年2011年は、ロシア人の友達と行って、2人して写真をバシャバシャ撮った記憶があるから、多分そうだと思います…(苦笑)。毎年面白い飲食展示が多いので、機会があれば是非ご覧下さい~。


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キムパッの話

五穀米のキムパッ
↑ 五穀米で作ったキムパッ(김밥;韓国のり巻き)

幽です!!昨日は恒例の月曜日工房ランチの日でした。ここ2~3年前から、何故か月曜日に工房訪問者が多かったことから始まった習慣です。つまるところ最初は大人数で昼食を食べに行くのが大変…という理由から、李先生が手造り弁当を持って来ていました。

今回の工房ランチはキムパッ
↑ 今回の月曜工房ランチ~

そこに李先生に負けず劣らず料理の腕がたつ延氏が「李先生ばかりに任せていたら大変だろう…」と思ったとのことで、延氏もおかずを作ってくるようになり、月曜のお昼は皆で手造り料理を持ち合うようになり、今のところ続いています…。

おかずもあるよぉ~
↑ おかずも色々~

特に最近は何だか段々豪華になっているような…。ちなみに幽はただ食べるだけなのですが(苦笑)、大変じゃないのかなぁ~??と思いつつも、「今日のランチは何かなかぁ~??」と密かに期待してしまうほど、色々な韓国家庭料理が楽しめます(^^)。

いつもの面子です~
↑ いつもの面子となっておりマス…

ちなみに昨日の「月曜工房ランチ」のメニューはキムパッ(김밥;韓国式のり巻き)でしたぁ~。作成者の延氏に話を聞いたところ、「今日は風もあまり強くなく、気温も上がるとのことで、行楽日和だなぁ~っと思ったら、キムパッを作りたくなった…」とのこと。(本当に月曜日は一気に春が来たような、それはそれは暖かい1日でした…。気温の変化に体がついていきません…!!)

李先生と延氏~
↑ こちらもいつもどおりの李先生と延氏~

このようにキムパッは、韓国人にとって行楽とか遠足のような時には欠かせない日常食であるようです。食べやすさと、美味しさ、中に色々な野菜や肉が入るところから栄養価が高いことも主婦としてはポイントが高いようです。

広蔵市場のコマキムパッ
↑ 広蔵市場にもキムパッはあります~

いつもどおりに皆でワイワイ食べながら、キムパッの由来について、李先生に教えてもらいました。何でも韓国のキムパッの起源は豊臣秀吉の仇敵と言われている忠武公・李瞬臣の時代にまでさかのぼるのだとか…。

店によって微妙に形がちがいます
↑ 店によって大きさは若干違いますが、屋台のキムパッは小ぶりのものが多いです。

韓国でのキムパッの始まりは、壬辰倭乱(←韓国では豊臣秀吉の文禄・慶長の役をこう呼びます…)当時、李瞬臣将軍がご飯を海苔に巻いて携帯食とした時から…と伝えられているそうです。何でも実際に李瞬臣将軍の水軍があった場所が、南海岸の忠武(現在の統営市)で、そこは現在の韓国でも海苔の生産地として有名な地方なんだそうです。

真ん中の一等地に麻薬キムパッの店が~
↑ 最近では中心部に麻薬キムパッの店が~

だから韓国における最初のキムパッは、いわゆる忠武キムパッと呼ばれる、白いご飯を海苔で巻いたものに、イカや大根のキムチを添えた形式なんだそうです。この忠武キムパッは日本人がよくいく観光地・明洞に専門店があるので見たことある人も多いのでは??

↓  ↓  ↓ ここをクリック!!
明洞にある忠武キムパッの写真があるサイト

現在のように、野菜や肉をご飯と海苔で巻く形態は、日本の植民地時代にのり巻きが入って来たことからではないか…と言われているそうです。

麻薬キムパッの看板があちこちに
↑ 至るところに麻薬キムパッの看板が!!

またキムパッと言えば、最近は日本人の方にもよく知られている広蔵市場名物の麻薬キムパッもありますよね…。これは元々広蔵市場だけでなく、韓国のいたるところにある屋台で売られていた形のキムパッで、コマキムパッ(꼬마깁밥;子ども海苔巻き)と呼ばれるものでした。

元祖はこういう小さい店でしたぁ~
↑ 昔はこのように小さな場所で作ってました…

中に入れる材料を日持ちのする具材だけにし、市場で働く人間が食べやすいように小ぶりの大きさにしたキムパッです。広蔵市場のコマキムパッに対して、何時ごろからか「美味しくて病みつきになるほどだ」とのことから、麻薬キムパッと呼ぶようになったとのこと。

お姉さんも手つきがいいです
↑ 以前はお祖母ちゃんが作っていたのに、今では若いお姉さんが…。いつの間に変わったんだろ??でも中々手つきはいいです~。

しかし実際にいつ頃から麻薬キムパッと呼ばれるようになったのかは実ははっきりしていません。幽が10年前にソウルに来た時には少なくともそう呼ばれることはありませんでした。確か一昨年くらいに逆に日本人から「麻薬キムパッ」という名称を聞いたくらいですから…(爆)。

元祖麻薬キムパッ
↑ 1パック2,000ウォン~!!ここに付く芥子ソースが中々美味で、キムパッの味を引き立ててくれます~。

それは韓国人も同じようで、コマキムパッという名称は100%韓国人に理解されるのですが、麻薬キムパッという名称については、認知度大体50~60%??10人に5人は知らない…っていう人もいますね。もし麻薬キムパッの名称がどのようなきっかけで、いつ頃拡散していったのか、具体的な情報を知っている方がいらしたら、是非お聞きしたいものです。

午後の李先生は手まり作業~
↑ 今日の李先生は手まり製作をされてましたぁ~。

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ヘジャンクッ(해장국)①

コンナムルヘジャンクッ01
↑ コンナムルヘジャンクッ~。

ヘジャンクッ(해장국;解酲湯)は、その種類の多様さから外国人には分かりにくい料理のひとつのようです。辞書的な意味から考えると文字通り「アルコールで傷んだ胃を回復させてくれるスープ料理」です。

コンナムルヘジャンクッ02
↑ コンナムルヘジャンクッは結構色々な店で食べられるけど、ここが幽は一番好きかなぁ~??すごく美味しかったです!!李先生の旦那様に教えてもらいましたぁ~。

コンナムルヘジャンクッが美味しい店
↑ 場所は景福宮にほど近い商店街の中にあります。

世宗村飲食文化通り
↑ 世宗村飲食文化通り…という名前が付いてます。

昔の雰囲気が残る通り
↑ ちょっと昔の雰囲気が漂う通りです。そうそう…、この通りでお祖母ちゃんが一人でやってる小さなキルムトッポッキの店もあります。このトッポッキも美味しいんだよね。韓国のTV番組で紹介されてから、急に人気の店になっちゃったみたいだけど…。

お祖母さんが一人でやってるキルムトッポッキの店
↑ 機会があったら、是非こちらも食べてみて下さい~。


針があるところに糸があるように、解酲酒(해장술;迎え酒)など二日酔いを抑える方法を探すなかで、体にやさしい方法として発達してきたスープ料理のジャンルではないかと思います。そのためかヘジャンクッは地方ごとに本当に多様に存在します。おそらく主人の二日酔いを効果的に醒まそうとする主婦たちの試行錯誤の努力の結果なのではないでしょうか。

ソンヂヘジャンクッ01
↑ ソンヂヘジャンクッ~

一般的に街角でよく見るヘジャンクッは、ソンジヘジャンクッ(선지해장국;鮮血解酲湯)、コンナムルヘジャンクッ(콩나물해장국;豆もやし解酲湯)、ピョヘジャンクッ(뼈해장국;骨解酲湯)などだと思います。
※ソンジ(선지)は牛血の煮こごり、コンナムル(콩나물)は豆もやし、ピョ(뼈)は牛の肉付き骨が入ったスープ料理です!!

ソンヂヘジャンクッ02
↑ 牛血の煮こごり…とかいうと、拒否反応を示す方もいるかもしれませんが、レバーとかスンデとかが食べられる人なら美味しく食べられます~。ゼラチン状に固められた煮こごりが癖になる料理です。

ソンヂヘジャンクッが美味しい店
↑ この店は大学路にありますよぉ~。


これ以外にも地方ごとに特徴や由来話があるヘジャンクッが色々ありますので、機会を見ながらご紹介していきたいと思います。

ピョヘジャンクッ01
↑ ピョヘジャンクッ~

(幽のつぶやき)
地方にはあまりにも色々なヘジャンクッ料理があるので、主だったものを選択しながらヘジャンクッシリーズとして連載形式にさせて頂きました…。だって「これもヘジャンクッの範疇だったの??」って言うのまであって、1日で記事をまとめるのは大変だったんですもん…(爆)。本当はこの文章の後に李先生がヘジャンクッの派生種類としていくつか郷土スープ料理を紹介してくれているのですが、さすがに長文すぎてネ…。翻訳者権限で分割させて頂きます!!何か幽が考えるに韓国のスープ料理って、つまるところ二日酔い対策から色々派生したってこと??って感じなほど色々あるのデス…。李先生の記事を楽しみにしている方、どうもすみません…(苦笑)。

ピョヘジャンクッ02
↑ 牛骨についたお肉がトロトロに煮えて、これもお薦めデス…。

ピョヘジャンクッが美味しい店
↑ 工房にほど近い、ダムル工房御用達の食堂です~。入れ替わりの激しい大学路の中で長く生き残り、老舗的な食堂になっています!!小劇場の役者さんも毎日のように食事に来ており、旅行者や訪問者ではなく、地元民にこよなく愛されているお店デス!!もちろんお値段も良心的で、さらに美味しい~!!メニューにない料理もまた美味しいんですよねぇ~。


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コチュジャン作り

コチュジャン作り01
↑ 先ずは麦芽を濾して、麦芽の粉を作ります。

母とコチュジャンを作りました。手造りのコチュジャンは市販のものよりまろやかで、料理に深みを与えてくれます。熟成させてもとても美味しくなるのですが、我が家では熟成させる前に食べ切ってしまうことが多いです。

コチュジャン作り02
↑ 大豆麹の粉と唐辛子粉を混ぜ合わせます。

コチュジャンは韓国料理には欠かせない調味料のひとつです。古くは17世紀、朝鮮王朝時代後期の医監・李時弼(이시필)の料理本『小聞事説(소문사설)』の冒頭部分に淳昌コチュジャン(순창고추장)の作り方が記録されています。また1776年(英祖42年)に儒学者・農学者・医監でもあった柳重臨(유중림)が補充・刊行した農学書『増補山林経済(증보산림경제)』にもコチュジャンについての記載があるそうです。

コチュジャン作り03
↑ 塩水を作る時、塩水の濃度を計ります。玉子を割り入れて、浮かび上がってくる状態が500ウォン硬貨ほどの大きさになっていれば大丈夫です。

コチュジャンが使われる料理としてよく知られているのは、トッポッキ(떡뽁이;もちの甘辛コチュジャンソース和え?)、プルタッ(불닭;非常に辛い鳥料理)、アンドンチムタッ(안동찜닭;安東地方の鳥の大皿料理)、ジャンポックム(장뽁음;コチュジャンを炒めた薬味)、コチュジャンチゲ(고추장찌게;コチュジャンベースの鍋料理)などです。

コチュジャン作り04
↑ もち米の粥を作り、麦芽粉と大豆麹と唐辛子粉を混ぜ合わせたものを合わせます。

コチュジャンは作った後、何時ごろが食べごろなのかと聞かれることが多いのですが、韓国の諺に「ジャン(장;醤)は午日から食べて、嫁は3日で食べてしまう(장은 말날부터 먹고 며느리는 사흘만에 부려먹는다)」とあるように、作ってすぐに食べても美味しいです。
※午日とは陰暦10月の午の日のことで、韓国ではこの日に醤を作ると良い…とされている日らしいです。そう考えると、この諺の意味するところは「嫁は作るや否や食べてしまう」ってことなんですかねぇ~(苦笑)??日本の諺に似たものはあるのでしょうか??

コチュジャン作り05
↑ 混ぜ合わせたものを、甕に入れて熟成させて完成です。

コチュジャンチゲ
↑ 今回は作ったばかりのコチュジャンを使って、コチュジャンチゲ(고추장찌개)とコチュジャンポックム(고추장볶음;コチュジャン炒め)も作ってみました。

コチュジャンポックム
↑ コチュジャンポックムは味噌のように肉や野菜など、色々なものに付けて食べると美味しい薬味になります。ご飯と一緒に食べても美味しいです。

広蔵市場の製粉所
↑ コチュジャン(고추장;唐辛子味噌)を作るにあたって、広蔵市場の製粉所(방앗간)で、荒引きの唐辛子粉をコチュジャン用のキメの細かいものに挽きなおしてもらいました。

唐辛子の製粉機
↑ こういう機械を使います。

製粉所にいる李先生
↑ 広蔵市場の製粉所(방앗간)にいる李先生~

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Author:ダムル工房
日本人ゴーストライターが書く李賢淑先生の徒然雑記。

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