ポジャギと伝統料理の文化散策

ソウルの大学路で伝統工芸工房・ダムル工房を経営し、韓国宮中飲食研究院の郷土料理講師でもある李賢淑先生が毎日の生活のなかで感じた徒然雑記を日本語で紹介します。(たまに…、いや最近は結構な頻度でゴーストライターのダムル工房日記になることも…苦笑)

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『伝統文化の香り』出演[再録]

李先生からの要請で以前一度載せた記事を再録させて頂きます。

この回顧シリーズに際して、同じ記事の再録なんて読者さまに受け入れてもらえるだろうか??と、少々心配もしておりましたが、新規生徒さん方には概ね好評のようでホッとひと安心しております。

常連の生徒さんからもご理解頂いているようで本当に有難うございます。m(_ _)m

以下、以前書いたものと同じ内容になります。

↓   ↓   ↓

テレビ01
テレビ02
↑ 韓国TBS『伝統文化の香り(전통문화의 향기)』
「閨房の美しさ、手まりとポジャギ」
(규방의 아름다운 멋, 색실공과 조각보)

本日はゴーストライターが出ばって記事を書いてます(笑)。

韓国TBS放送で2009年2月25日に放送された『伝統文化の香り(전통문화의 향기)』No.46に李賢淑先生が出演されました。

もう5年前の話になるのですねぇ~。月日が経つのは早いものです。

テレビ04
テレビ05

放送は韓国語ですが、李先生の手まり作品やポジャギ作品が多数紹介されているので、ポジャギを勉強されている方には参考になるのでは…と思い掲載することにしました。

このシリーズは全52話で、韓国伝統建築や伝統工芸にスポットを当てた約10分程度のミニ番組です。

他にも韓服やメドゥプ、民俗人形、刺繍、民画などなど伝統工芸に関心がある人ならば見ごたえがある番組です。

幽も他の番組を色々見ています。

韓国放送界のスゴイところは、例え見たいテレビ番組を逃しても、次の日にはその放送局の番組サイトで見れてしまうところです。

確かにテレビに比べれば小さい画面ではありますが…。

日本でも早くこういうシステムになってくれれば、ソウルにいても日本の番組が見れるのになぁ~。無理かな、やっぱり…。

他の番組にも関心がある人は、下のサイトに接続し[다시보기]の欄にある[VOD]をクリックすれば見ることができます。

ちなみに李先生は46話に出演です。

↓   ↓   ↓ (こちらをクリック!!)
韓国TBS放送『伝統文化の香り』

放送局によっては、会員にならないと見られない場合もありますが、この韓国TBSは会員にならなくても見られるようになっています。

テレビ03

李先生に当日の撮影秘話を聞いてみたところ…。

「10分のミニ番組なのに撮影には8時間もかかった。

撮影のキッカケは番組制作者が駱山公園(낙산공원)の城壁についての番組を作るためにやって来た時、ダムル工房を偶然見つけたかららしい。

5年前は一番太っていた時なので、今観るとちょっと恥ずかしい…。」
とのことです(笑)。

10分くらいの番組なので、是非見てみてください。

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[ 2014/02/28 10:33 ] ポジャギ 閨房工芸豆知識 | TB(-) | CM(2)

ユンノリ(윷놀이)のチョガッポ作品(再録)

李先生からの要請で以前一度載せた記事を再録させて頂きます。

この回顧シリーズに際して、同じ記事の再録なんて読者さまに受け入れてもらえるだろうか??と、少々心配もしておりましたが、新規生徒さん方には概ね好評のようでホッとひと安心しております。

常連の生徒さんからもご理解頂いているようで本当に有難うございます。m(_ _)m

以下、以前書いたものと同じ内容になります。

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ユンノリのマルパンとマル
↑ 貢緞(공단:模様のないヤンダンのこと)で、マルパンとマルを作って見ました。

ユンノリとは韓国の民俗遊戯の中で最も大衆的であり、広く普及されている遊びです。

主にソルナル(설날:旧正月)やテボルム(대보름:旧暦1月15日)にかけて遊ぶことが多いものです。

↓ ↓ ↓ (ここをクリック!!!)
ユンノリの遊び方(日本語)サイト

ユンノリは遊びの次元を超えて、協力する心を育てたり、ストレスを解消してくれる効果もあると言われています。

またファンヘド(황해도:黄海道)のチャンヨン(장연:長淵)地方では田作りや畑仕事の豊作・凶作を占う時節ユンノリ(시절윷놀이)と呼ばれる行事を今でもやっているそうです。

ユッとマルを入れる巾着も…
↑ ユンノリに使うユッ(윷:4本の棒からなるサイコロみたいな役割をするもの)を入れる巾着と、マル(말:駒)を入れる巾着も作ってみました。マルを作るのに結構骨が折れました…。

また最近、ダムル工房では韓国伝統模様30種のデザインを皆で協力して作り、そのデザインでチョガッポの壁掛けなどを作っています。

その中にはユンノリだけでなく、伝統遊戯のゲーム板を参考にチョガッポのデザインを起こしたものも入っています。

コンノリ板01
↑ コヌノリ板(고누놀이판)をもとにチョガッポ作品にしてみました。

そのひとつがコヌノリ(고누놀이)です。

この遊びは日本の十六武蔵というゲームとよく似ているとのことですが、地面に幾つかの図を書き、二手に別れ、駒を沢山とったり、駒が行く道を防いだりして戦う伝統遊戯です。

↓  ↓  ↓ (ここをクリック!!!)
コヌノリの遊び方解説サイト(韓国語)

開城にあるマンウォルデ(만월대:滿月臺[高麗時代の王宮跡地])の第7号建築の下に置かれていた礎石には、コヌノリのゲーム板が描かれているといいます。

コンノリ板02
↑ これもコヌノリ板をヒントにデザインしたチョガッポ作品です。

囲碁板モチーフ
↑ こちらは囲碁板をモチーフにしているといえますね。

囲碁のセット
↑ 囲碁は日本にもあるとのこと。日韓の将棋は大きな違いがありますが、囲碁のルールは両国とも同じようです。

韓国は囲碁がとても盛んな国なんですよ。


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[ 2014/01/17 10:38 ] ポジャギ 閨房工芸豆知識 | TB(-) | CM(0)

プチェ(부채;団扇/扇子)の話②(再録)

李先生からの要請で以前一度載せた記事を再録させて頂きます。

この回顧シリーズに際して、同じ記事の再録なんて読者さまに受け入れてもらえるだろうか??と、少々心配もしておりましたが、新規生徒さん方には概ね好評のようでホッとひと安心しております。

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以下、以前書いたものと同じ内容になります。

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うちわ005
↑ 匠人に作ってもらった大きなプチェです。龍が描かれています。

他にもプチェをめぐる話は世界各国にあるようです。

例えばプチェは中国からヨーロッパに伝えられたらしいのですが、18世紀ヨーロッパの社交場では言葉を交わすことなくプチェの動きだけで意思疎通をしたそうです。

うちわ004
↑ 大きさは縦約100cm、横60cmほどもある大きなプチェです。

例えばプチェを口元に持っていけば機会があればいつかキスを許しましょう、あるいはプチェの紐を左手に巻いて折りたたんでもっていれば恋人募集中…などを意味したそうです。

うちわ006
↑ 宮中料理研究院の院長・韓福麗氏からプレゼントされたものです。親戚のお嬢さんが絵を描いてくれたとか…。

他にもプチェで前髪を触れば、今貴方のことを考えています…、プチェを広げて顔を隠していればあなたなんて大嫌いなんだとか…。

このためスペインには「扇言葉辞典」なるものが出版されたり、イギリスでは若い淑女たちのために扇言葉を教える学校まであったそうです。

うちわ003
↑ 裏側にも牡丹が描かれています。

一方韓半島の祖先たちを見ると、ヨーロッパの扇言葉ほどではないにしろ、それなりにプチェの用途は多様だったようです。

韓国文化の評論家として有名だった李圭泰氏の著作『8個の徳を持つプチェ』によると、韓国ではプチェを「八徳扇(팔덕선)」と読んで、8個の徳があると考え愛用していたそうです。

うちわ007
↑ 韓紙工芸が好きな生徒さんが作ってくれました。表は蝶ですね。

一つ目は風を起こして涼やかにしてくれること、二つ目は大切な時に地面に置けば座ることができる、三つ目は暑い日差しを防いでくれる、四つ目はプチェで指し示すことにより仕事を指図することができる、五つ目は遠い所にいる人を呼ぶことができる、七つ目は目上の人の前でのあくびを隠してくれる、八つ目は捨てても惜しくない程度のもの…なんだそうです。

うちわ001
↑ 裏はこれも牡丹をモチーフにしているようです。

八徳扇には納得できるもの、できないものもありますが、折角8個もいいことがあるという縁起がいい名前もついていることなので、今年の暑い夏は積極的に活用していきたいですね。

うちわ002
↑ 古道具屋で購入しました。号に「白唐」とあるのですが、どんな人か分かりませんでした。

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[ 2014/01/14 10:21 ] ポジャギ 閨房工芸豆知識 | TB(-) | CM(0)

プチェ(부채;団扇/扇子)の話①(再録)

李先生からの要請で以前一度載せた記事を再録させて頂きます。

この回顧シリーズに際して、同じ記事の再録なんて読者さまに受け入れてもらえるだろうか??と、少々心配もしておりましたが、新規生徒さん方には概ね好評のようでホッとひと安心しております。

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プチェ03
↑ 去年の端午の日に絵が得意な生徒さんがプレゼントしてくれました。

ソウルの夏の暑さを少しでも和らげてくれ、清涼感を手軽に味わえるのがプチェといえます。

プチェ05
↑ 実母が50年以上大切に使っているものです。

韓半島でもプチェはかなり前から使われていたようです。

韓半島の祖先たちは端午(旧暦5月5日)になると、互いにプチェを贈りあいました。

このプチェを辟瘟扇(벽온선)と呼び、鬼神を追い出し神を呼ぶ、あるいは天然病を追い出してくれるものと考えたと言われています。

プチェ04
↑ 細かい板片を組み合わせてつくったものです。

他にも婚礼式にかかせない道具だったといいます。

新郎が初めて新婦に出会う時、白馬から降りて婚家の門前で家人を待ちます。

この時青いプチェで顔を隠しました。

また新婦側も醮禮廳(초례청)という結婚式を行う場所に出てくる時、手母(수모)と呼ばれる女性によって赤いプチェで顔を隠されました。

つまり青いプチェと赤いプチェがそれぞれ男女の童貞と処女を表象する役割を果たしていたといいます。
※手母とは新婦の横で色々世話をする係りの女性のことです。

プチェ①20120710-001
↑ 国喪や親喪の場合はこのように絵や文字が何も描かれていない素扇(소선)というものを2年間持ち歩かなければなりませんでした。

これは君父を失ってしまった者は徳のない罪人として顔を出して歩けない…という意思表示の代わりになったそうです。


このように様々な用途に使われたプチェでしたが、太宗14年(1414)になると女性がプチェで顔を隠して外出することが禁じられるようになります。

その後の女性はヨンモ(염모)という頭から上半身を覆い隠す覆いを被って外出しなければならなくなりました。

それ以後、プチェは妓生(기생)や巫堂(무당)という特殊な立場の女性たちが使う道具となり、彼女たちを象徴する道具に変わっていきました。
※妓生(기생)とは酒の席などで踊りや歌を見せることを生業とした女性を指し、巫堂(무당)は神をその身に宿す女性のことを指します。

プチェ①20120710-002
↑ 息子が香港で買ってきてくれたお土産です。


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[ 2014/01/13 10:12 ] ポジャギ 閨房工芸豆知識 | TB(-) | CM(0)

蓮の花[연꽃](再録 )

李先生からの要請で以前一度載せた記事を再録させて頂きます。

この回顧シリーズに際して、同じ記事の再録なんて読者さまに受け入れてもらえるだろうか??と、少々心配もしておりましたが、新規生徒さん方には概ね好評のようでホッとひと安心しております。

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蓮の花001
↑ 10等分12面に分け、蓮の花を描いてみました。

蓮の花をモチーフにした手まりを作りました。

蓮の花はインドが原産地というところからも分かるように、仏教思想とともに韓国に入ってきたと言われています。

そして韓国の仏教界では、蓮の花が泥水の中から生じていながらも、清浄な美しい花を咲かせることから仏の智慧や慈悲を象徴するものとされて来ました。

蓮の花002
↑ こちらは20等分に分けたうえに蓮の花を描いています。

蓮の花のモチーフは子どもの成長を祈願して作られています。


しかし時代がくだるにつれて世俗的な観念と結びつき、幸福や夫婦和睦の美徳などを象徴するものに転じ、民画や閨房工芸など生活文化のモチーフとして広く使われるようになりました。

蓮の花003
↑ これは8等分に分けたうえで蓮の花を描いています。

直径が8cm程しかない小さな手まりのため作るのが難しく、これを作ると指が痛くなります…


よく知られることとして、蓮の地下茎は日本とおなじく蓮根(연뿌리)と呼び食されますね。

けれどもそれ以外に蓮の種も食用として食べられるのですよ。

韓国ではどちらかといえば蓮の種を婦人病や鎮静作用、滋養強壮などに効果がある韓薬として使うことが多いのですが、中国や東南アジアでは日常的に生食しているといいます。

蓮の花004
↑ 眼鏡入れにも蓮の花の刺繍があります。

昔の韓半島の人々は見た目と体面を重視していたため、このような小物にも豪華な刺繍を施し装飾品として愛用したのです。


蓮の種は緑色のどんぐりに似た形状をしていて、甘みと苦味があり生トウモロコシを食べたような味がします。

中国では蓮の実を使って餡子を作り月餅や最中菓子によく加工するそうですが、その時に芯にあたる苦味のある部分を取り除き、それを集めて蓮芯茶というお茶も作るそうです。

蓮の花005
↑ こちらは針入れです。

韓国では蓮芯茶はあまり日常的に飲まれるお茶ではありません。

けれども蓮根茶という蓮根を煮出したお茶は、便秘やコレステロール低下、あるいは胆石を除去するのに効果があるとしてよく飲まれる薬茶になっています。

蓮の花006
↑ 鍵入れにも蓮の花が描かれています。

このように蓮の花は様々なところでモチーフとされて来たのです。


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[ 2014/01/10 10:11 ] ポジャギ 閨房工芸豆知識 | TB(-) | CM(0)

牡丹の花[모란꽃](再録)

李先生からの要請で以前一度載せた記事を再録させて頂きます。

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牡丹花00
↑ 牡丹の絵を描いた布で作ったチョガッポ

4~5月に咲く牡丹は、韓半島では富貴を象徴するとされ、富貴花(부귀화)などとも呼ばれます。

また牡丹は古くから花の中の花と考えられ、繁栄や長寿、美と幸福の象徴として、広く愛されてきた花でした。

そのため韓国では様々な逸話が残されているだけでなく、伝統工芸のモチーフとしてもよく使われています。※韓国で牡丹(모란)という時には、よく似た木芍薬(목작약)を含むことも多いです。

牡丹花01
↑ 牡丹の刺繍がされている鍵入れ(열쇄패)

有名な逸話としては、中国の代表的な美女として名高い則天武后にまつわるものがあります。

彼女が全ての花が華麗に咲いている花畑を見たいと言ったため、臣下たちは、こぞって花を咲かせる神にお願いします。

けれども、誇り高い牡丹の花だけはその願いを聞き入れず咲かなかったといいます。

則天武后は自分のいうことを聞かない牡丹に腹を立て、牡丹の葉、茎、根を燃やしてしまうのですが、その高貴な精神は焼かれた後に薬剤に変化し、人々の役にたったという話です。

現在でも牡丹皮という漢方薬には鎮痛作用があるとされ、広く使われています。

牡丹花02
↑ 牡丹の刺繍がされている眼鏡入れ

もちろん韓半島にも牡丹にまつわる逸話が伝えられています。

韓国の歴史書である『三国史記』に、統一新羅時代の学者である薛聰(설총)という人物が書いた『花王戒(화왕계)』という説話譚があります。

この説話は昔話を通じて王の心構えを説くという性質の物語なのですが、この話の中でも牡丹は花の国の王として登場しているのです。

このように韓半島の人間にとっても牡丹はとても高貴な花として考えられていたことが伺えるのです。

牡丹花04
↑ 牡丹の刺繍がされているスジョチプ(수저집:箸スプーン入れ)

現在でも伝統婚礼式をする時、新婦の礼服となっている圓衫(원삼)や闊衣(활옷)は、必ず牡丹の刺繍が施してあります。

他に民画のジャンルでも、牡丹は重要なモチーフとして繰り返し登場します。

特によく描かれるのは朝鮮王朝時代のソンビ(선비:科挙の準備をする知識人)が科挙に合格することを願って描いた冊架図(책거리:文房具や書籍を書いた民画)で、その絵は贈られた人物の繁栄や幸福を願う気持ちを、牡丹の花で具現化していると言えるでしょう。

牡丹花03
↑ 牡丹の刺繍がされているトルティ(돌띠:子ども韓服の腰帯)

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[ 2014/01/09 10:05 ] ポジャギ 閨房工芸豆知識 | TB(-) | CM(0)

ペネチョゴリ[배냇저고리](再録)

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ペネチョゴリ01
↑ ミョンジュの布にヌビを施して作ったペネチョゴリ

ペネチョゴリ02
↑ まだヌビが右腕部分しかできていません。ヌビは時間がかかるため、いつ完成するのでしょうか?

ペネオッ(배내옷)と呼ばれることもあります。

子どもが産まれると、入浴をさせた後、最初に着せる服のことをこう呼びます。

少し大きめに作り、チョゴリの結び紐は太い糸を編み上げて作ります。

この組紐は長寿の意味を持っており、ペネオッは成長した後もお守り(부적)のような役割を果たすため、大事に保管されます。

夏用のペネオッ
↑ 夏用のペネオッ(材質は木綿)

夏用のペネオッ02
↑ このような夏のペネオッもあります。


お守りとしてペネオッがよく使われるのは大学入学試験の日です。

受験生たちは、お腹にこのペネオッを結びつけて試験を受けるのです。

もちろん私もそうしましたが、残念ながら大学入試に落ちてしまいました。

そのため1年後、もう一度試験に挑戦した時にはペネオッのお守りをしなかったのですが、その時は合格しました。

やはりどんなことでもお守り頼みだけ…というのは大した効果はなく、本人のやる気次第のようです。

李先生が着ていたペネオッ
↑ 子どもの頃、李先生が着ていたペネオッ。大学受験の時にお腹に巻いて行きました。

ペネオッの素材は、綺麗な織目の木綿(ガーゼ)、ミョンジュ(冬用)、糊をとった柔らかいモシ、木綿(夏用)などを使います。

新しい布で作ることが多いですが、時折長寿の老人が着ていた服をほどいてつくることもあるそうです。

冬用のペネオッ
↑ 長袖のペネオッ(材質は木綿)

冬用のペネオッの裏側
↑ 裏はこのようになっています。

またトゥロンチマ(두렁치마)と呼ばれるものもあります。

これは子どものお腹から下を巻いて着るチマ(치마;スカート)のような衣服です。

産まれてから7日過ぎた子どもに保温の意味もあり着せるものです。

トゥルンチマ01
↑ トゥロンチマ

トゥルンチマ02
↑ トゥロンチマの結び紐はちょっと変わった方法で作られており、紐を付けるのも少々難しいです。

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[ 2014/01/08 10:42 ] ポジャギ 閨房工芸豆知識 | TB(-) | CM(0)

韓国の婚約儀式(再録)

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新婦の図
↑ 韓国の新婦

暖かくなって来ると韓国でも結婚式が増えてきます。

南山にある韓屋村でも日曜日は韓国伝統婚礼式のデモンストレーションが行われ、とても華やかな婚礼式を見ることができます。

けれども今回は韓国伝統婚礼式でも中々見ることができない結婚前の婚約儀式の手順について話してみたいと思います。

昔の婚礼は先ず結婚適齢期の男女がいる各家が結婚の打診をするところから始まります。

これはホンダン(혼담;婚談)といいますが、男性側からメシ(매씨;仲人)を通して求婚をし、女性側はこれに対して同意か拒絶の返事を返します。

婚姻に同意した場合は許婚書(허혼서)を送ります。

四柱書
↑ 四柱書と四柱褓

婚約が成立した後は、新郎の四柱(사주)を書き、新婦側に納采(납채)します。

男性の四柱を受けた新婦側の家では、男性の四柱を元に婚姻の日取りを決めます。

これを澤日(택일)といいます。

李先生所有の凾
↑ 凾(함;着物や品物を入れる大型の箱)
※李先生が本当に使用したお嫁入り道具の凾だそうですぅ~。

結婚式の日取りが決まると、次は封采(봉치)の儀式です。

これは婚書(혼서)と采緞(채단)という赤や青の絹織物と一緒に、凾(ハム;함)という大型の箱を男性の家から女性の家に送る儀式です。

この箱は赤や青の色糸で結ばれ、この独特な結び方を同心結(동심결)と言います。

同心結の結び方
↑ 同心結の結び方

凾(ハム;함)の中身には色々な物が入れられています。

箱の一番下には韓紙を敷いて四隅に赤い紙に包んだ磨粉香(마분향)を置きます。

そして東西南北を意味する巾着(チュモニ;주머니)を入れます。

采緞褓
↑ 采緞褓  

黄色の巾着は真ん中に置き、中に黄色い豆を入れます。

これには尊い身分になって欲しいという意味が込められています。

東の位置には青色の巾着を置きます。

この中にはもち米を入れ、忍耐力を持って生活しなさいという願いを込めます。

オバンチュモニ
↑ 五方巾着(오방주머니) 

南には赤色の巾着で、中には小豆を入れます。

赤色は厄災を払うという意味が込められます。

西は白色の巾着です。

この中には綿花の種がついている綿を入れ、子孫繁栄、多くの子どもが授けられることを願います。

最後の北には黒色の巾着です。

中に黒い香木を入れ、純潔を象徴させます。

婚書紙褓と婚書
↑  婚書紙褓(혼서지보)と婚書

これら巾着の上に采緞(채단)を入れ、内容物と数量を書いた目録封筒と婚書紙褓(혼서지보)に婚書を入れたものを載せ、蓋を閉めます。

凾に入れた巾着は子どもが生まれて、1年後のお祝いの時につくるトルティ(돐띠;赤ちゃんの腰紐)を作る時に使用します。

トルティ①
トルティ②
↑ トルティ

凾を受け取る側の女性の家では、先祖に報告するために餅を供えます。

その祖膳は、まず膳の上に赤い布を敷きます。

そして、その上に封采餅(봉치떡)と呼ばれる餅を鉹(시루;餅を蒸す時に入れる丸い器)に入れたまま置きます。

最後に青色の布で覆ってから供えるのです。

凾褓
↑ 凾褓(함보;ハムを包むポジャギ)  

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[ 2014/01/07 10:03 ] ポジャギ 閨房工芸豆知識 | TB(-) | CM(0)

韓国の昔の巾着(再録)

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巾着色々01
↑ 色々なチュモニ

チュモニ(주머니;巾着)の歴史は『三国遺史(삼국유사)』景徳王條(경덕왕조)の記録が最初だとされています。

そこに王が1歳の誕生日から王位に即位する時まで女性のような振る舞いをする時があり、絹織物の巾着を持ち歩くのが好きだったと記されているのです。

この記述から推察すれば、既に三国時代から巾着があったことが分かります。

印鑑入れチュモニ
↑ 印鑑入れのチュモニ

また『高麗図経(고려도경)』[注1]には、腰紐として、銀糸をよりあわせた紐を作り、鈴をつけたヒャンナン(香囊;향낭)[香り袋]をぶらさげている絵を見ることもできます。

このヒャンナンが沢山付けられていることを良いことだと感じていたことを考えると、人々がヒャンナン用の巾着をせっせと作っていたことが推測できます。

メミチュモニ
↑ メミチュモニ(蝉型のチュモニ)

朝鮮王朝時代にも巾着の佩用(持ち歩き)はそのまま続けられました。

何故なら韓国の衣服にはポケットが作られなかったため、巾着は実用的な用途からも必需品と言えたのです。

スルチュモニ
↑ スルチュモニ(酒のボトル入れ)

『宮中発記(궁중발기)』[注2]という史書によれば、新年を迎えた最初の上亥日に重臣たちに巾着を下賜したという記録も残されています。

この巾着には、災厄を免れ1年を無事に過ごせるようにという願いを込めて、赤い紙に炒った豆を1粒入れて与えたと言われています。

スジョチプ
↑ スジョチプ(スプーン&箸入れ)

<チュモニ(巾着;주머니)の種類>

ヒャンナン(香囊;향낭)は、華やかに美しく作り、上流層の装身具として愛用されました。

カウィチプ
↑ カウィチプ(ハサミ入れ)

スヒャンナン(繍香囊;수향낭)は見せるために作られた巾着で、美しい刺繍を施しました。

それに対して、見えない下着に付けたものはサヒャンナン(紗香囊;사향낭)と呼ばれ、甲紗(갑사)で作ったものをこのように呼びました。

カンルンチュモニ02
↑ 刺繍入りのカンルンチュモニ(海辺の江陵で作られた巾着)

他にも宮中には芳香剤として使用された大きな香囊が室内に飾られていたといいます。

その大きな巾着の中には韓紙で包んだ紗香(사향)や木香(목향)[香木の一種]を粉にしたものが入れられていたそうです。

男性色キィチュモニ
↑ 男性用のキィチュモニ

男性用の巾着;玉色(옥색[青緑色])、灰色(회색)、米色(미색[黄白色])、紫色(보라색)などを使用しました。

巾着の耳部分(尖っている部分)、へそ部分(真ん中の部分)を違う色で作ることも多いです。

色を変えて作る場合はそれぞれをつなげる時、サムチムという技法でつなげます (縫い方の技法については、いずれ解説したいと思います)。

他にも国喪の時は白い木綿の巾着などを使用しました。

カンルンチュモニ
↑ カンルンチュモニ

女性用の巾着;タホン色(다홍;茶紅[チェリーピンク])、プンホン色(분홍;粉紅[ピンク])、ヨンドゥ色(연두;軟豆[黄緑])、ボラ色(보라;紫色)などを使用しました。

見せるように使う時は耳部分や、へそ部分、さらにチュモニの内側もコッチャジュ色(꽃자주색;花紫朱色[明るい紫])などを使い、華やかな色彩で作られました。

見えない下着に付ける時は白い木綿生地です。

他にも結婚する時は、新婦が紫朱色の紐で締めた黄色い巾着を作りました。

そして中に小豆9粒と種付きの木綿の綿1房とを入れて、息子9人と娘1人を授かりますように…と願いを書いた徳談とともに、新郎に贈りました。

五方色チュモニ
↑ 五方色のチュモニ

五方囊子(오방낭자); 五方色で作られた巾着です。宮中や班家(両班)では、辟邪(벽사;邪鬼を退けること)のために持ち歩いていたと言われています。

正月になると王妃が五方囊子を作り、宰相(王に仕える2品以上の官吏)の子息に贈ったと言われています。

ポソン型紙チュモニ
↑ ポソンの型紙を入れるチュモニ

(幽の補足説明)
注1;『高麗図経(고려도경)』とは1123年、宗の徽宗という人物が高麗に国信使を送った時に随行した徐兢という人物によって書かれた記録書です。

彼が高麗で見聞きしたことを綴った史料ですが、随所に挿絵があるところから当時の風俗を知る重要な一次史料になっています。

注2;『宮中発記(궁중발기)』とは朝鮮王朝時代の宮中で使用されていた物品目録のことです。

その内訳は服飾、装飾類、食事、貿易品、巫俗などについて物品名や数量が詳細に記録されています。

特徴として高宗と純宗(←日本統治時代の王)の記録が多い傾向にありますが、それでも朝鮮王朝時代の宮中生活や、宮中の服飾、宮中の飲食などを研究する者にとっては必携の史料と言えます。


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[ 2014/01/06 10:31 ] ポジャギ 閨房工芸豆知識 | TB(-) | CM(0)

針刺し[바늘겨레](再録)

李先生からの要請で以前一度載せた記事を再録させて頂きます。

この回顧シリーズに際して、同じ記事の再録なんて読者さまに受け入れてもらえるだろうか??と、少々心配もしておりましたが、新規生徒さん方には概ね好評のようでホッとひと安心しております。

常連の生徒さんからもご理解頂いているようで本当に有難うございます。m(_ _)m

以下、以前書いたものと同じ内容になります。

↓   ↓   ↓

針入れ08
↑ 刺繍が施された針刺し

韓国では少し前まで、針が日常生活になければならない道具のひとつでした。

もちろん衣服の繕い物などに使用することもありましたが、それ以外に食あたりや胃もたれを解消したりする簡易な民間鍼治療の道具として利用することも多かったからです。

針入れ02
↑ 魚には財産に恵まれ、精神的な余裕が一生涯維持されるという意味があります。

そのため針は老若男女を問わず、皆が日常的に携帯する必要があるものだったのです。

けれども昔の針は、よく針先が曲がったり錆びたりすることが多く、これを防ぎ、かつ安全に携帯するために作られたのが針刺し(바늘겨레)でした。

針入れ07
↑ 装飾的な面が強調された針刺し

大抵は子どもの指の大きさに合わせて、丸か楕円形につくることが多く、子どもから大人まで携帯がしやすいように小さく作られていました。

しかし朝鮮王朝時代のソンビ(知識階級)たちが携帯するようになると、段々大きく、また装飾的なものになっていきます。

針入れ04
↑ ヌビの針刺しもあります。

彼らは体面を非常に重要視した人々であったため、自然と針刺しも凝った装飾品のひとつと考えるようになりました。

そして美しい装飾を施した針刺しを腰に結び、人に見せるアクセサリーのような役割を担うようにもなっていきました。

針入れ01
↑ これは長方形のヌビ針刺し

また、現在の針刺しの中には綿が入っているのですが、少し前までは綿の代わりに髪の毛を入れていました。

これは髪の毛の持つ油分やタンパク質が針を錆びないように防いでくれたからです。

おそらく韓半島の祖先たちは長い歴史の経験上から、この知恵を得たのでしょうね。

針入れ05
↑ 現在のピンクッションに似た形状のものもありました。

また針刺しに使われた材質は、衣服を作って余った端切れを使ったため、絹や木綿で作られました。

けれども男性用の針刺しだけは麻布(마포천)で作られることが多かったと伝えられています。

何故なら麻布には昔から疫病を防ぐ力があると信じられていたからです。

麻布の針刺しには、家を離れて旅をする旦那や息子たちの無事の帰郷を祈った妻や母たちの気持ちが込められていたのです。

針入れ03
↑ これは18世紀の墓から出土したものを見て、復元した針刺しです。

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[ 2014/01/03 10:09 ] ポジャギ 閨房工芸豆知識 | TB(-) | CM(0)

糸巻き[실패](再録)

李先生からの要請で以前一度載せた記事を再録させて頂きます。

この回顧シリーズに際して、同じ記事の再録なんて読者さまに受け入れてもらえるだろうか??と、少々心配もしておりましたが、新規生徒さん方には概ね好評のようでホッとひと安心しております。

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糸巻き08
糸巻き02
↑ 刺繍が施された糸巻き

糸巻き(실패)とは、糸が絡まらないように巻きつける裁縫道具のひとつです。

昔は黍の茎や小枝などに糸を巻きつけることから始まりましたが、次第に様々な種類の糸巻きが生まれました。

糸巻き09
糸巻き10
↑ 布の端切れで作られた糸巻き 

素材も骨や布や木など色々あり、中には華角のような芸術品と言ってもいいほどの細工が施された糸巻きなどもあります。

糸巻き03
↑ 廃材で作られた小枝の糸巻き

糸巻き06
↑ 丸い筒状のものもありました。

ほんの数十年前までの洗濯は、現在のようにそのまま衣服を洗いませんでした。

洗濯する前は必ず衣服の糸をほどいてバラバラにし、それを川に運んで洗ったのです。

その時にほどいた糸は捨てられることなく、糸巻きに巻いて糸束を作ります。そしてその糸は簡単な衣服の繕い物やしつけ糸として使われていたのです。

糸巻き01
↑ 上流階級が使っていたと思われる木材に漆を塗った後、螺鈿を施した糸巻き

糸巻き04
↑ 糸を巻く部分が上下左右の4箇所あり、より多くの糸を巻きつけることができる糸巻き

朝鮮王朝に広く普及していたと思われる糸巻きは、長方形で縦10~25cm×横3.5cm×厚み1.4cmのものでした。

糸巻きの長さが短いものは1種類の糸だけ巻き、長いものは糸の太さ、用途、色などによって2種類以上の糸を巻いて使っていたようです。

糸巻き07
糸巻き05
↑ 朝鮮王朝時代に最も普及したいたと思われる木製の糸巻き

昔の迷信にも糸巻きの糸をしっかり沢山巻いておけば着る物に困ることはなくなるが、糸巻きをなおざりにすれば両親が早く死ぬといわれていました。

他にも糸巻きの糸を広い間隔で巻けば旦那が浮気をするなどの迷信もあり、これは女性たちに糸巻きに糸を巻くという仕事はとても重要なものなので一生懸命こなしなさい…ということを伝えたかったのだと思います。

糸巻き11
↑ これは数年前カナダへ旅行した時に買い求めた糸巻きです。

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[ 2014/01/02 10:28 ] ポジャギ 閨房工芸豆知識 | TB(-) | CM(0)

閨中七友争論記[규중칠우쟁론기](再録)

李先生からの要請で以前一度載せた記事を再録させて頂きます。

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李先生のキュバンチルウ
↑ 李先生所有の閨中七友

朝鮮王朝時代は男性の空間と女性の空間を厳格に分けて生活をしていました。

そして女性の生活空間をアンバン、またはキュバン(閨房;규방)と呼びました。

そして外の世界に出ることが厳しく制限されていた女性たちは、一日中閉鎖された屋敷の中で生活しなければなりませんでした。

朝鮮王朝時代キュバンチルウ
↑ 朝鮮王朝時代の閨中七友

そのため朝鮮王朝時代の女性たちは、生活空間が大きく制限されるという不満を自分たちの部屋を自分好みの小物で美しく飾ることで解消しようとしたのです。

そして、創意工夫を凝らし、針と布を駆使して様々な生活工芸品を産み出しました。

これが現在、閨房工芸と呼ばれる私たちが携わる工芸分野のいちジャンルとなっています。

キュバンチルウ入れ
↑ 李先生愛用の閨中七友入れ

また女性たちは閨房に集まり、意匠を凝らした小物を作りながら、様々な話を交わしていました。

もちろん実用的な知識の伝達もしましたが、それだけではなく色々な物語を語りあったのです。

キュバンチルウ入れ表
↑ 閨中七友入れの外観

そうして生まれ、語り継がれた物語のひとつに「閨中七友争論記(규중칠우쟁론기)」(注1)というお話があります。

この物語はもともと「閨中七友(규중칠우)」(注2)と言って、女性にとってなくてはならない針仕事のための7つの道具を、かけがえのない友達のように考えるという生活哲学から生まれました。

すなわち、 針(바늘)、糸(실)、物差し(자)、ハサミ(가위)、アイロン(다리미)、指貫(골무)、インドゥ(인두)を擬人化して、彼女らが夜中、持ち主のお嬢さんが寝た後に色々話りはじめるのです。

キュバンチルウ4個
↑  閨中七友(左上から針、物差し、ハサミ、糸)
(幽談)但しハサミは飴をきる飴鋏なので、悪しからず…(苦笑)。数年前「韓国生活史」という授業のレポートとして、この史料を取り上げたのですが、その時発表用資料として作成したものです。でも当時どうしてもこの時代の布ハサミを探すことができなかったため、とりあえずそれっぽいハサミを探して載せたのですが、講師から「そのハサミ、用途が違うよ!」と即座に指摘されました…(苦笑)。そういえば、後で李先生に見せた時にも同じツッコミをされたような…。皆さんの厳しい指摘に日々鍛えられております…。

しかしこの物語は、読んでみるとそれぞれの道具の特性が実に上手く生かされており、また世間に対する痛烈な風刺が聞いていて、とても面白い物語になっています。

この物語を通して針仕事に使用する道具は、単純な道具ではなく、女性を助けてくれる存在であり、心を安らかにしてくれ、想像力を与えてくれる、まさに「友人」のような存在なのだ…という気持ちが溢れているお話になっています。

キュバンチルウ3個
↑  閨中七友続き(左上から、インドゥ、指貫、アイロン)

私たち閨房工芸に関わる人間には必携の書と言われていますので、日本の皆さんも是非一度読んでみては如何でしょうか?

昔のアイロン
↑ 李先生所有の昔のアイロン

(幽の補足説明)
注1;「閨中七友争論記(규중칠우쟁론기)」とは、朝鮮王朝後期の作品と推測され、作者・年代未詳の韓国随筆です。

様々な媒体を通して伝えられていますが、一番詳細な物語が残されているのは『忘老却愁記(망로각수기)』に掲載されているものです。

登場人物は閨中七友の7名で、それぞれの名前が細腰閣氏(세요각시;針)、尺夫人(작부인;物差し)、交頭閣氏(교두각시;ハサミ)、熨娘子(울낭자;アイロン)、青紅黒白閣氏(청홍흑백각시;糸)、引火娘子(인화낭자;インドゥ)、敢闘老女(감투할미;指貫)となっています。

歴史学の史料としては、女性史分野における重要な一次史料として扱われており、当時の女性の心を探る重要な文献と言われています。

しかし、そういった学問的な範囲を超えて、純粋な読み物としてもクスッと笑える風刺が効いており、お薦めです。

注2;もちろん男性にも「文房四友(문방사우)」と言って、男性にとってかけがいのない友とせねばならないものがあります。

四友とは筆(붓)、紙(종이)、硯(벼루)、墨(먹)です。

こういった思想から、当時の男性と女性に何が求められていたのかが分かると思います。


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[ 2013/12/31 10:49 ] ポジャギ 閨房工芸豆知識 | TB(-) | CM(0)

袈裟について(再録)

李先生からの要請で以前一度載せた記事を再録させて頂きます。

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袈裟技法を応用したチョガッポ作品
↑ 袈裟技法をチョガッポに応用した作品

袈裟(가사)とは仏教の出家僧が着る装束のことです。

以前「チョガッポの技法」をお話した時に少しご紹介しましたが、この袈裟を作る裁縫技法をチョガッポに応用した作品があります。

袈裟のもつ独特な風合いと布の重ねがかもし出す雰囲気がチョガッポになっても魅力的なため、工房の生徒さんたちにも人気がある作品のひとつです。

袈裟のことが書かれている本
↑ 韓国の袈裟について書かれている本の1ページ
(出典『韓国の袈裟』p109より)

袈裟という言葉は、もともとは出家僧の衣服という意味ではなく、法服の色を意味したものだったそうです。

袈裟の語源はサンスクリット語で「混濁色(鮮やかでない色)」を意味するカシャーヤ(Kasa-ya)と言われています。

この梵語のカシャーヤが中国へ渡り、音訳されて袈裟となり、その漢字を韓国語読みでそのまま「カサ(가사)」と発音したようです。

袈裟技法のチョガッポ壁掛け
↑ 袈裟技法で作られた大作の壁掛け

袈裟は財産を持つことを禁じられていたインドの修行僧の時代はボロ布をつなぎあわせた衣服を指していたのですが、中国へ伝わるころには僧侶を意味する装飾的な衣装へと変化したようです。

そして韓半島へ伝えられるころには、仏陀が衆生を教化するために着た厳粛な装いと考えられるようになり、いつしか袈裟をいつも着る者には、邪神が寄り付けず、聖賢(聖人や賢人)の守護を受けることができると信じられるようになりました。

尼僧さんが作ってる本物の袈裟
↑ ダムル工房の生徒さんで、尼僧さんが作っている実際に袈裟として使う予定のもの。

太古宗袈裟とよばれるものを作っているのだとか…。※太古宗袈裟は韓国では結婚した僧侶が着る袈裟だそうです。

袈裟は基本的にはホッポ(홑보;一重縫い)で作られています。

そして端切れをつなげる技法としては、カムチムチル(감침질;巻きかがり縫い)が中心ですが、部分によってはホムチル(홈질;ぐし縫い)やパンパグムチル(반박음질;半かえし縫い)なども使用します。

袈裟と李先生
↑ 最近尼僧さんは忙しいらしく、工房にしばらく顔を出せないのだそうです。

そのためまだ作りかけで置かれているとのこと…。(2013年末現在、完成しました!!)

袈裟を応用したチョガッポ作品でも、もとは僧侶が着るものであるということを考慮して、本物の袈裟同様に随所に通門を残してあります。

これは袈裟には僧侶が知らないうちに殺傷をしてしまわないように、山中で小さな虫が修行中の僧侶の衣服と袈裟の間に入り込んでしまっても、何処からでも出て行けるように配慮して作られているからです。

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[ 2013/12/30 10:17 ] ポジャギ 閨房工芸豆知識 | TB(-) | CM(0)

ヌビについて(再録)

再ヌビについて20130211-010
↑ 現在、絶賛ソルナル連休中の韓国です~。

韓国に嫁いだお嫁さんたちはきっと大変な思いをしている最中でしょうが、幽には全く関係もなく…(苦笑)。

ソルナル名物の冷え込みを口実に絶賛ひきこもり中!!なのでsono氏には悪いけど、これといったソルナルのニュースは皆無なんですよねぇ~。申し訳ない…。

ところで、このブログの真の持ち主である李先生から「再度ヌビについての記事をアップしてくれ…」と言われたので、ゴーストライターの幽には拒否権はありません。

文章自体は2012年3月1日『ヌビについて』と全く同じですが、写真は李先生の新作作品が送られてきましたので、お楽しみ頂ければ幸いデス…。m(_ _)m

ソルナル中の主婦はそれはそれは忙しいらしいので、どうぞお察し頂ければ…と思います。

それでは以下はヌビについて(再)の記事です~。

再ヌビについて20130211-003
↑ ヌビ作品いろいろ~

ヌビ(누비;刺し子)はとても時間がかかる作業です。現代は簡単で速いことが良いという価値観が横行しているなかで、愚直なまでに時間がかかるヌビ作業は、人生の余裕について改めて考えさせてくれる作業だと思います。

再ヌビについて20130211-007
↑ 現在李先生が作成中のヌビ作品

ヌビとは布の表と裏の間に、綿や中布をいれ、糸でひと針ひと針を模様のように縫っていく技法です。とても根気がいる作業になり、作品が大きくなると気の遠くなるような時間がかかります。

再ヌビについて20130211-002
↑ ヌビの縫い目拡大

韓国で防寒の必要性から、布の間に綿を入れるようになったのは高麗時代末期からといいます。遺物として残されている甲冑に、布を何枚も重ね合わせてヌビをしたものがあります。また文献によると中綿として入れるものには、ガチョウの羽根や真綿などがありましたが、それだけでなく、紙を入れていたという記録も残されているとのこと。

再ヌビについて20130211-001
↑ ヌビの縫い目拡大

朝鮮王朝後期の実学者である李瀷(이익)という人物が書き残した『星湖僿説;성호사설』という著書には、紙で甲冑を作ったという記述が残されています。紙で甲冑などとは驚かれるかもしれませんが、とても丈夫で放たれた矢が貫通できなかったといわれるほどです。

再ヌビについて20130211-008
↑ これは何だろう…

他にも朝鮮王朝第9代の王であった成宗の息子に燕山君という息子がいたのですが、この人にもヌビにまつわる逸話が残されています。彼の母親は廃妃尹氏と呼ばれていますが、彼女は王宮の針線尚宮(침선상궁)という王の衣服を担当する役職にあり、特にヌビが上手いという評判の女性でした。

再ヌビについて20130211-009
↑ ヌビの鍋つかみ???

その後、燕山君が10代目の王になった時、母である彼女に尚宮時代、何が一番苦しかったのかを聞くと、彼女はヌビの仕事が一番つらかったと答えたそうです。その話を聞いた燕山君は死ぬまでヌビを使った衣服を着ることはなかったという話です。

再ヌビについて20130211-004
↑ ヌビのテーブルクロス

ヌビには色々な種類があります。ポルロクヌビ(볼록누비)と呼ばれるふっくらと仕上げるヌビは、中に綿を置いてぐし縫いをして作ります。オモクヌビ(오목누비)というへこませるように作る技法は、深く広く糸を縫いこむことでその凹みを出します。ナプチャクヌビ(납작누비)という技法は布と布をピッタリと合わせて、くまなく刺し子を施す技法です。

再ヌビについて20130211-006
↑ ヌビの針入れ

目の細かさによっても細かいヌビになると幅が0.5cm 以内で作られ、その精巧な針仕事は縫い目を数え切れないほど、気の遠くなるような作業を繰り返します。中くらいのものでも幅3cm程度、ヌビが少ないものでも幅3cmを若干超える程度なので、僧侶の衲衣(僧侶が着る灰色の服:납의)や寝具類など、大きな作品を作るときは本当に大変だったと思います。他にもヌビの話は色々あり、技法も沢山あります。またいつか機会があったら話したいと思います。

再ヌビについて20130211-005
↑ ヌビの鏡入れ

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ヒャンナンチュモニ(향낭 주머니) by sono

アンニョンハセヨ!
只今弾丸ソウル滞在中の
sonoです。
ちょっとお邪魔しております。

今回は
材料買い出しもありますが
ポジャギ修行もしております。

ヒャンナンチュモニ 20130202-04

韓国には多種多様な巾着がありますが
その中の
ヒャンナンチュモニ(향낭 주머니)
なるものを今回作りました。

ヒャンナンチュモニ 20130202-03

この巾着は
柄のある生地などを使うと
ステキです。
ああ~この生地も買って帰らなきゃっ!

李賢淑先生ヌビ製作中 20130202-01

私やシスターに教える傍ら
先生はヌビの大作製作中。
あ、ここでもヌビが流行中?

メドゥプ紐いろいろ 20130202-02

この巾着や
キィチュモニなどにも使う
ちょっと複雑な連続技の組み紐
「あなた作れるでしょ?」って
言われましたが
今回はパスして
出来たものを購入させていただきました。
だって
早いしきれいだし安いんだもーん。

キィチュモニ 20130202-06

ちょうど
チュモニが完成した頃、

城北洞だっけ?に住んでいる
絵を描くオンニが
ポジャギの生地に
すてきな絵を描いて
持ってきました!
すごー!!

アジュンマの作品 20130202-07

先生はこの絵入りの生地をつかって
何かポジャギを作るそうです。
楽しみ~すてきだろうな~

そのアジュンマ本人も
セレブっぽい、すてきな方でした。

で、
管理人さんと先生とオンニと4人で
ちょっと遅めのランチにgo!

絵を描いたアジュンマ 20130202-08

工房近くの
チョンジュシクタンです。
ここは外れがない
メインもおかずもキムチもおいしい
先生御用達のお店。

今日はスンドゥプチゲ(豆腐鍋?)です。
キムチもエゴマのキムチもおでんも
もやしの和え物もおいしくて
全ておかわりしましたね、そういえば。

チョンジュシクタンのスンドゥプチゲ

ここは地味なお店ですが
本当においしいです。


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ヌビ、流行中??

ヌビ、流行中?20120201-007
↑ 昨日は日中10度まで上がり、この時期のソウルでは珍しい程の暖かさでした。

いつも通りの服装だと汗だくになるくらい!!いやぁ~、驚きましたねぇ~。

さて…、昨日の記事の続きです。工房ランチ終了後は皆で作業開始します。

ヌビ、流行中?20120201-002
ヌビ、流行中?20120201-001
ヌビ、流行中?20120201-003
↑ 韓国伝統紋様30種を完成させたharu氏は、次はヌビに挑戦です~。

ヌビ、流行中?20120201-005
ヌビ、流行中?20120201-004
↑ 見ると、神奈川M氏もヌビの眼鏡入れを製作中ですね??

ヌビ、流行中?20120201-006
ヌビ、流行中?20120201-008
↑ 埼玉T氏は高級技法の袈裟、Y氏は如意球紋…

ヌビ、流行中?20120201-011
ヌビ、流行中?20120201-010
↑ 延氏が作っているのは安東指ぬきデスネ!!

ヌビ、流行中?20120201-009
↑ 装飾用なのでちょっと大き目に作っているとかで、実際に使うにはちょっと大きいようです。

ヌビ、流行中?20120201-012
↑ 実際に指ぬきとして使えるのは、これくらいの大きさにしないといけないんだとか…。

ちなみに木の棒は指ぬきの型を作る道具だそうです。

この日のダムル工房は、李先生含めると6分の4の割合でヌビ作品を作っていましたね~。

もしかしてダムル工房でもヌビが密かに流行中なんでしょうか??

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チョガッポの皿

チョガッポの皿製作001
↑ 鳥取のJun氏がチョガッポ模様の韓紙工芸皿を製作しました!!すっごく幽の好きな色合いで、素敵な作品ですね!!

チョガッポの皿製作003
↑ 先ずは糊を作ります~

チョガッポの皿製作002
↑ 糊は既に練られた糊もあるのですが、Jun氏が今回使ったものは粉状の澱粉糊で、水に溶かして使います。はじめはダマになって使いにくいように思うかもしれませんが、時間が経つとダマが消えていきます。この糊は液状のより長く保存できるので、いいですよ。

チョガッポの皿製作004
チョガッポの皿製作007
↑ チョガッポを貼り付ける面だけにペジョプを付けます。

チョガッポの皿製作005
↑ 次は皿を組み立てます~

チョガッポの皿製作006
チョガッポの皿製作008
↑ Jun氏があらかじめ作って来ていたモシのチョガッポです。

チョガッポの皿製作009
↑ 組み立てたらチョガッポを貼る部分にまた糊を塗ります。

チョガッポの皿製作010
↑ 底にしっかりとチョガッポを貼り付けます。

チョガッポの皿製作011
↑ 貼ったらヘラでしっかりと付けてください。

チョガッポの皿製作012
チョガッポの皿製作013
↑ 次は皿の周囲に色韓紙を付けていきます~

チョガッポの皿製作016
チョガッポの皿製作017
↑ 内側からしてください。

チョガッポの皿製作014
チョガッポの皿製作018
チョガッポの皿製作020
↑ 李先生はもうひとつの皿のお手伝い~

チョガッポの皿製作019
↑ チョガッポのお皿が1つ完成です~。あとは1日ほど乾かして、よく乾燥させたら上からニスを塗ります。

チョガッポの皿製作021
↑ もうひとつも同じ手順で~

チョガッポの皿製作022
↑ 2個とも素敵に完成です!!いやぁ~、この色本当にいいですね!!

チョガッポの皿製作023
↑ ところで話が変わるのですが、Jun氏は今回、飛び入り参加で料理教室だったのでエプロンを持っておらず、李先生から借りていました。

実はこのエプロン、宮中料理研究院のエプロンなんですが、胸のマークが素敵…とJun氏が褒めていたところ、李先生がデザインしたことが判明!!

チョガッポの皿製作024
↑ いやぁ~、見慣れたエプロンだったのですが、まさか李先生がデザインしていたとは…。幽も全然知らなかったのでビックリ…。

ついでに宮中料理研究院のHPにアクセスすると、一番トップページにチョガッポみたいなものが出てくるのですが、これをデザインしたのも李先生だったんだとか…。

いやぁ~、驚きました。宮中料理研究院のHPは中々ためになることも書いてありますので、是非アクセスしてみてくださいねぇ~。

↓  ↓  ↓ ここをクリック!!
韓国宮中飲食研究院HP(韓国語)

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メドゥプ(매듭;組紐)①

メドゥプ0716-01
↑ 工房の生徒さんが作って来てくれました。これだけ作るのにどれほど時間がかかったのでしょう??

メドゥプを作ろうとするなら、先ず紐がなければなりません。人類にとっての紐は、相当な歴史があるようです。古代エジプトにまで遡ることができるのだとか…。古代エジプトでは土地の測量のために紐を利用したそうです。紐の材料は木の根や皮、葉を初めとして、綿、大麻、亜麻などの草類、他にも動物の皮なども利用しました。

メドゥプ0716-02
↑ 最近、私は基本的なもの以外、メドゥプを作っていませんでしたが、また挑戦してみようか…という気持ちになりますね。

一方韓国のメドゥプの歴史を紐解くと、新石器時代まで遡るといいます。石刀に穴を開けて紐を通すのですが、その紐が外れないようにメドゥプを作りました。その後三国時代の遺物でも装飾品に付けられたメドゥプが確認され、高句麗時代の壁画にも組紐が描かれているそうです。

メドゥプ0716-03
↑ 以前、メドゥプのノリゲに挑戦したことがあるのですが、結び目が綺麗に結べず、こんなに上手くできませんでした…。

その後、メドゥプは実用的にも装飾的にも様々な形態に発展していきます。次回はメドゥプの種類と特徴について書きたいと思います。

メドゥプ0716-04
↑ キュバン工芸には欠かせないカラチメドゥプ~

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プチェ(부채;団扇/扇子)の話②

うちわ005
↑ 匠人に作ってもらった大きなプチェです。龍が描かれています。

他にもプチェをめぐる話は世界各国にあるようです。例えばプチェは中国からヨーロッパに伝えられたらしいのですが、18世紀ヨーロッパの社交場では言葉を交わすことなくプチェの動きだけで意思疎通をしたそうです。

うちわ004
↑ 大きさは縦約100cm、横60cmほどもある大きなプチェです。

例えばプチェを口元に持っていけば機会があればいつかキスを許しましょう、あるいはプチェの紐を左手に巻いて折りたたんでもっていれば恋人募集中…などを意味したそうです。

うちわ006
↑ 宮中料理研究院の院長・韓福麗氏からプレゼントされたものです。親戚のお嬢さんが絵を描いてくれたとか…。

他にもプチェで前髪を触れば、今貴方のことを考えています…、プチェを広げて顔を隠していればあなたなんて大嫌いなんだとか…。このためスペインには「扇言葉辞典」なるものが出版されたり、イギリスでは若い淑女たちのために扇言葉を教える学校まであったそうです。

うちわ003
↑ 裏側にも牡丹が描かれています。

一方韓半島の祖先たちを見ると、ヨーロッパの扇言葉ほどではないにしろ、それなりにプチェの用途は多様だったようです。韓国文化の評論家として有名だった李圭泰氏の著作『8個の徳を持つプチェ』によると、韓国ではプチェを「八徳扇(팔덕선)」と読んで、8個の徳があると考え愛用していたそうです。

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↑ 韓紙工芸が好きな生徒さんが作ってくれました。表は蝶ですね。

一つ目は風を起こして涼やかにしてくれること、二つ目は大切な時に地面に置けば座ることができる、三つ目は暑い日差しを防いでくれる、四つ目はプチェで指し示すことにより仕事を指図することができる、五つ目は遠い所にいる人を呼ぶことができる、七つ目は目上の人の前でのあくびを隠してくれる、八つ目は捨てても惜しくない程度のもの…なんだそうです。

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↑ 裏はこれも牡丹をモチーフにしているようです。

八徳扇には納得できるもの、できないものもありますが、折角8個もいいことがあるという縁起がいい名前もついていることなので、今年の暑い夏は積極的に活用していきたいですね。

うちわ002
↑ 古道具屋で購入しました。号に「白唐」とあるのですが、どんな人か分かりませんでした。

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プチェ(부채;団扇/扇子)の話①

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↑ 去年の端午の日に絵が得意な生徒さんがプレゼントしてくれました。

今年のソウルは雨が降らないばかりでなく、43年ぶりの暑さといいます。そんな夏の暑さを少しでも和らげてくれ、清涼感を手軽に味わえるのがプチェでしょう。

プチェ05
↑ 実母が50年以上大切に使っているものです。

韓半島でもプチェはかなり前から使われていたようです。韓半島の祖先たちは端午(旧暦5月5日)になると、互いにプチェを贈りあいました。このプチェを辟瘟扇(벽온선)と呼び、鬼神を追い出し神を呼ぶ、あるいは天然病を追い出してくれるものと考えたと言われています。

プチェ04
↑ 細かい板片を組み合わせてつくったものです。

他にも婚礼式にかかせない道具だったといいます。新郎が初めて新婦に出会う時、白馬から降りて婚家の門前で家人を待ちます。この時青いプチェで顔を隠しました。また新婦側も醮禮廳(초례청)という結婚式を行う場所に出てくる時、手母(수모)と呼ばれる女性によって赤いプチェで顔を隠されました。つまり青いプチェと赤いプチェがそれぞれ男女の童貞と処女を表象する役割を果たしていたといいます。
※手母とは新婦の横で色々世話をする係りの女性のことです。

プチェ①20120710-001
↑ 国喪や親喪の場合はこのように絵や文字が何も描かれていない素扇(소선)というものを2年間持ち歩かなければなりませんでした。これは君父を失ってしまった者は徳のない罪人として顔を出して歩けない…という意思表示の代わりになったそうです。

このように様々な用途に使われたプチェでしたが、太宗14年(1414)になると女性がプチェで顔を隠して外出することが禁じられるようになります。その後の女性はヨンモ(염모)という頭から上半身を覆い隠す覆いを被って外出しなければならなくなりました。それ以後、プチェは妓生(기생)や巫堂(무당)という特殊な立場の女性たちが使う道具となり、彼女たちを象徴する道具に変わっていきました。
※妓生(기생)とは酒の席などで踊りや歌を見せることを生業とした女性を指し、巫堂(무당)は神をその身に宿す女性のことを指します。

プチェ①20120710-002
↑ 息子が香港で買ってきてくれたお土産です。


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日本人ゴーストライターが書く李賢淑先生の徒然雑記。

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